第142話 尾行者

 俺にも多少は敬老精神というモノが存在するが、さすがに先の発言を看過できるほど寛大ではない。

 とりあえずマクスウェルの頭に一撃入れてから、再度問い質す。

 残念ながら幼女の腕力では、さしてダメージを与えられたようには見えなかったが。


「で、なんだって?」

「いたた、うむ、お主に惚れさせればよいと言った」

「それじゃ本末転倒じゃねぇか!」


 俺に求婚してくる男を追い払うのに、なぜ俺に惚れさせねばならぬのか。

 逆に追い回される羽目になるじゃないか。


「いやいや違うぞぃ。お主に惚れさせるというのは、大人のお主に惚れさせるという意味じゃ」

「大人の?」

「そう、幻覚を使って大人に化けた姿に惚れさせるのじゃ!」

「ふむ?」


 奴が俺に求婚してくる理由は二つある。

 俺が将来有望な美幼女である事と、俺の両親がライエルたちであることだ。

 そこに第三者として美少女を登場させ、それに惚れさせ、ライエルたちの協力を確約しておけば、当面の矛先は確かにずれる。


「ふむ、悪くはないか……?」


 エリオットの標的が俺以外の架空に人材に向くというのは、悪くない。

 これが実在の女性を用意した場合、それはそれで問題はある。実在する以上、その好意は後を引き、場合によっては王位継承に関わってくる可能性もあるからだ。

 が、架空の存在ならばいつでもバックレる事ができる。

 当面……五年もエリオットの矛先を誤魔化し、俺の姿が幻覚のそれに近付いたところで、冒険者として街を出るなり自立するなりすれば、奴も無理な事はできなくなる。


「な、これならば五年ほどはエリオットを誤魔化す事ができよう?」

「だがその後が厄介だぞ」

「そこはそれ、この町にいる間はワシらが後見しておるから、手出しは出来ん。そのあとは街を出ればいいじゃろ」

「簡単に言ってくれるが……」

「お主も前は暗殺者として街を転々としておったのじゃろう? ならそれほど苦にはなるまいよ」

「まぁな」


 元は根無し草の暗殺者だっただけに、各地に拠点を隠し持っていたりする。

 しかも邪竜の素材なども隠しておいた場所も放置したままのため、それらの確認にも回っておきたい。

 いつの日か、ライエルたちの元を離れ、旅に出る必要性は――確かにある。


「旅に出る必要はあるにはあるんだが……」

「それだけじゃない。ミシェル嬢も放ってはおけんじゃろ?」

「ミシェルちゃん?」

「あの子は射撃のギフト持ち。しかも神器級の弓まで持っておる。エリオット坊だけでなく、各国の軍が欲しがる人材じゃ」

「……そうだな」

「今はワシらが庇護しておるが、学院を卒業したらどうなる? 瞬く間に争奪戦が発生するぞ」


 今ですら、百発百中と言って差し支えないほどの命中力を持つ彼女。

 しかも筋力増強のバングルの効果で、サードアイも数分だけなら放つ事はできる。

 その破壊力は他の追随を許さぬほど高い。戦争になれば、超長距離から敵将だけを射抜く事も可能だろう。


 それほどの天才。それと同時に危険人物。国が放置しておくはずがない。

 彼女が冒険者支援学院を卒業すると同時に、各国のスカウトが殺到することは間違いない。

 その勧誘を避けるには、やはり国を出て放浪する必要がある。


 結果的に俺とミシェルちゃんは、数年後には逃げるようにこの国から出なければならない存在なのだ。


「面倒な状態だな……」

「彼女のギフトにお主の生い立ち。面倒にならない方がおかしかろうて」

「そうなるとコルティナやフィニア、レティーナともお別れになるな」

「フィニア嬢ならお主について行くと言いかねんなぁ」

「それは――」


 彼女なら、そう言う可能性も確かにある。

 だからと言って連れて行くのは難しい。


「まあ、それは数年後の話じゃな。今はエリオットの色ボケをどうにかするのが先じゃな」

「当面はそっちが先だな」

「まずはどうやってエリオットを惚れさせるかじゃな!」


 深刻な未来を先送りにして、マクスウェルは実に嬉しそうにそう提案した。


「まずはレイド。お主が男を惚れさせるに足る『女性的所作』を覚える必要があるな」

「は?」

「外見的な女性らしさはお墨付きをくれてやろう」

「いらんわ!」

「あとは女らしい仕草じゃな。お主は余りにもガサツすぎる」

「ほっとけよ!」


 子供時代というのは男女の所作の違いというのはあまりない。

 だが歳も十になれば、その違いというのは少しずつ表に出てくるものだ。

 今の俺の学院での評判は、身体が弱いが運動も頑張る『頑張り屋さん』で、放課後になるとピアノを演奏する『お嬢様』だ。

 両親がアレなだけに近付いてくるクラスメイトはあまりいないが、それでもそばにいるレティーナやミシェルちゃんからは『ニコルさんって、地味に雑よね?』という感想をもらう事も少なくない。

 こういったしつけに厳しそうなマリアが実は放任主義だったため、俺は次第に少年っぽい仕草が増えてきているらしい。


「ふははは、任せるがよい。宮廷ではモテモテのワシが直々に教育してやろうとも」

「すっげぇ遠慮したい!?」


 こうして俺はその日の夕刻まで、みっちりと淑女訓練を受けることになったのだった。





 日が傾き始め、街路が赤く染まり始めた頃合いになって、ようやく俺はマクスウェルから解放された。

 げっそりとした表情のまま帰路に就くと、馴染みの果物屋のおっちゃんから心配そうな声をかけられる。


「お、どうしたぃ、ニコル様? 今日はえらく疲れた顔してるじゃないか」

「おじさん、ニコル様はやめて」

「アハハ、いつもの返しが出てくるようなら、まだ大丈夫かな? ほら、これあげるから元気だしな!」


 おっちゃんはいつもよく買うリンゴを、盛り篭から一つ取り出し、こちらに投げてよこす。

 俺はそれを両手でキャッチして、受け取った。前世ならともかく、今は片手では受け止めきれないのだ。手が小さすぎて。


「ありがと」

「あんまり無理すんなよぉ」

「はぁい」


 袖口でリンゴの皮を拭き、口元に運ぶ。

 甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がって、精神的疲労が少し取れた気がした。

 

「おいし」

「そうだろう、そうだろう。ウチのは全部おいしいからな!」


 そこで俺は妙な気配を感じ取った。

 いや、これは……学院を出てからずっとつけられているか?


「おいしかった。ごちそうさま」

「おそまつさん」


 俺はおっちゃんに礼を言ってから、その場をそそくさと立ち去ることにする。

 不審人物に付き纏われているので、できるだけ早くその場を去りたかったのだ。

 個人的には颯爽と立ち去りたかったのだが、どうも足音がテッテケという感じの方が似合いそうな走り方になってしまう。

 そんな俺を微笑まし気に見送るオッサンの視線を感じながら、人目のない場所にわざと駆け込んだのだった。

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