第143話 ドジな襲撃者

 意図的に人目を避けて裏道へと入り込む。

 向こうもそれを感知したかのように、こちらの前に姿を現してきた。

 実に潔い態度と言える。


 目の前に出てきたのはまだ年若い娘に見えた。

 見えた、というのは、顔を隠していて容貌が判別つかないからである。

 黒ずくめの服装で、いかにもアヤシイ職業についてますと言わんばかりの格好だ。


「へぇ、随分と往生際の良い事だ」

「……」


 少女――まあ、便宜上そう呼ぶことにするが――少女は俺の言葉には応えず、問答無用で腰の後ろに下げた小剣ショートソードを引き抜いて見せた。

 こちらに向かって浴びせられる、明確な殺意。


「あ、やる気なんだ?」

「……………………無論、貴様こそ何者だ?」

「何者とは? 見ての通りの美少女ですが?」


 かなり間を置いて返ってきた声は、やはり若い。俺は挑発の意味もかねて、少しおどけた振りをして、相手の出方を探る。

 彼女が何者かはわからないが、学院を出たところからつけて来ていて、しかもここまで害を与えるそぶりは見せていなかった。

 だがここに来て、急に殺意を向けてくるのは理由があるはずだ。


「親の七光りだけが取り柄のただの娘かと思えば、こちらに勘付き、誘い込む胆力。しかも殺意を向けられて微動だにせぬとは……」

「ああ、それ? 慣れてるから」


 前世では殺し殺される世界に身を置いていたのだ。今更小娘の殺気程度でうろたえたりしない。

 いや、今では俺の方が小娘なわけだが。


「貴様、ひょっとして親元を離れている間に入れ替わったりなど……」

「いやいや、俺は生まれた時からこの姿だし」

「ただの娘が私の殺気を受け流せるものか!」

「どうしろと?」


 少女は俺の言葉に剣を構えて答えた。

 殺気はある。敵意もある。だが悪意が無い。

 この奇妙な敵に、俺はなぜか悪い印象を抱かなかった。


「なーんか、悪党には見えないんだよなぁ」

「うるさい! ニコル様に化けてエリオット様に近付くなど言語道断。貴様の正体、暴いてやる!」

「あ、エリオットの手の者なんだ?」

「……い、今のなしで」


 ドジっ子か。

 この子がエリオットの手の者という事は、彼の護衛を務める者とみて間違いはないだろう。

 おそらくは陰に隠れ、エリオット本人にすら気付かれず身を護る隠密。

 それにしては、やや若過ぎる気がしないでもないが。


「いくぞ!」


 襲撃するのに一声かけてくるところなど、隠密としては失格極まりない。

 俺だったら問答無用で罠を仕掛けて動きを封じるところだ。

 なんとなく、この少女と『遊ぶ』のも悪くない気がしてきたので、しばらく付き合う事にした。

 左手から糸に手をかけ、足元と右腕の強化を行っておく。


 一直線にこちらに駆け込んでくるところなど、彼女の性格を露骨に表している。

 俺は彼女の斬撃を、路地の壁を蹴って宙に舞う事で躱した。

 そのまま背後に着地して、足払いを仕掛ける。

 エリオットの護衛ならば、下手に怪我させてはいけないからだ。


 だが彼女も俺の足払いを、敢えて地面を踏みしめる事で受け止める。

 俺の体重の軽さを見て、受け止められると判断したのだろう。

 こちらの体型を見極めて回避ではなく防御を取るところは、意外と冷静だ。

 

 弾かれた蹴り足を引き戻しつつ、くるりと一回転しつつ距離を取る。

 寸前まで俺のいた位置に、彼女の拳が通り過ぎたのはその瞬間だった。

 地面を踏みしめて防御したことで、重心が低くなっている。それを利用して拳打を選択したセンスも悪くない。


「あー、なんか楽しくなってきた」

「ふざけるなっ!」


 彼女は俺から見れば、まだまだ未熟。だがその伸び代の大きさを充分に感じさせる。

 生まれ変わってからこれまで子ども扱いされる側だったので、必死に抗戦する彼女がなんだか微笑ましく見えてきた。


「このっ、真面目にやれ!」

「いやぁ……それはなんだかもったいない」


 最近はマクスウェルにもからかわれっぱなしだし、モンスターにもうっかり敗北するしで、ストレスが溜まっていたのかもしれない。

 そもそも俺は対人間がメインでモンスター相手は専門外なのだ。

 それなのに英雄たちと組まされて邪竜退治とか、畑違いにも程がある。

 転生したらしたで、魔術学院ではモンスター戦の知識ばかり詰め込まれる。先のポイズンモールドとの戦いなど、モンスターの知識の不足による不覚の最たる例だ。


 背負ったカタナを引き抜き、少女の剣と斬り結ぶ。

 少女は小剣ショートソードを使っているので、この武器でも充分に打ち合えた。


 そのまま数合、足を止めて打ち合った。

 明らかに速さ主体の戦闘スタイル。小剣と体術を巧みに切り替える戦闘法は、俺以外の人間にとっては非常にやりにくいだろう。

 相手の左剣をカタナで受け止め、右剣を躱し、反撃に蹴りや拳を叩きこむ。

 少女もそれらの反撃には機敏に反応して回避する。


「ヤバ、なんだかクラウドを鍛えてる時みたいな気がしてきたぞ?」

「おのれ、バカにしてぇ!?」


 ムキーと言わんばかりに顔を紅潮させる少女だが――いや隠れて見えないけど――俺としてもそろそろ帰らないとフィニアが心配してしまう頃合いだ。

 悪いがさっくり勝負を決めて、話をつけておこう。

 幸い、俺の正体に関わる部分は口にしていない。言い包めるのも楽なはず。


 少女は俺に向けて斬り込んでくる。俺はその剣に体重を乗せた一撃を見舞い、大きく剣を弾き飛ばした。

 しかし反動で俺も大きく体勢を崩しているので、攻め込めない。互いに至近距離で足を止め、体勢を崩しあう状況。

 先に建て直したのは、糸の補助がある俺の方だった。いや、糸は関係なかったかもしれない。

 カタナを手放し、素手の状態で相手の懐に踏み込んでいく。ここでは剣は有効に使えない。

 とっさに小剣を引き戻そうとする少女は、完全に失策だった。

 戦闘で武器を手放すとは、普通では考えられないからだ。俺は肘を取って引き倒し、そのまま寝技に持ち込んでいった。


「なっ!? いた、いたたたたた!」


 引き倒しながら関節を極め、裏十字固めの体勢に持ち込んで相手を抑え込む。そのまま肩から肘に掛けて、体重を掛けていく。


「降参する?」

「悪には屈しません!」

「えい」

「ぴぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!?」


 こうして少女は、哀れにも俺の軍門に下ったのであった。

 予想以上に粘られたのは想定外だった。

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