第141話 しつこい男を追い払う方法

 レティーナと別れたその足で、俺はマクスウェルの屋敷に押しかけていた。

 この話はいずれ、コルティナやライエル、マリアたちにも伝わるだろう。

 だがその前にこの爺さんと話を通しておきたかった。


「どういう事だ、これは?」

「どういうとはなんじゃろうな?」

「しらばっくれるな! エリオットが非常勤講師だと!?」

「おお、もう挨拶に行ったのか? 見かけに似合わず情熱的じゃの」


 とぼけた振りをしつつも、俺に茶をもてなそうとするマクスウェル。だが今回の事はそう簡単には流させない。

 俺が元男という事実がある以上、男に迫られるという事態を招く今回の行動は、ウッカリすれば正体をぽろっと漏らしかねない切っ掛けにもなりうる。

 いや、取り繕うのはやめよう。正直に言うと、何が悲しくて男に迫られねばならんのだと主張したい。

 求婚など、断固として断る。


「まあ待て。お主の言いたい事もわかるがの、レイド」

「何がわかるって言うんだ!」

「落ち着け。よく考えてみるんじゃ。エリオットもあれでいて哀れな男じゃぞ」


 マクスウェルは諭すように俺に語り始めた。

 物心がつく前に両親と故郷を失い、幼い時には半ば傀儡として国の象徴に据えられた。

 成長すれば、国政を回すために、自身の時間すら満足に取れない有様。

 そんな中、ライエルから愛娘の話を延々と聞かされ、周囲の重鎮たちは『ならば嫁にどうか?』と口走り始める。

 そんな状況では、俺への興味が膨れ上がるのも無理はない。


「むしろ、今までよく我慢していたとも言えるじゃろう」

「だからと言って、その申し出を受けるわけにはいかんだろう?」

「それはお主次第じゃがな。まあ、ちょっとした息抜きの時間を与えてやりたいと思ったのじゃ」

「その気持ちはわかるが……俺が男と付き合うのは不可能だぞ」

「知っておるよ。それに、バレたらワシがコルティナに殺されるわい」


 息抜きとしてラウムに赴任させる。それはいい。

 だが、その目的である『俺との仲を進展させる』というのは諦めさせねばならない。


「どうしたものかな……」

「さっぱり断ればよいじゃろ?」

「相手は国王だぜ? 下手な断り方じゃ、メンツを潰しかねない。そうなったら、あいつの今後にも影響が出る」


 俺は英雄の娘とは言え、平民である。

 そんな身分の低い相手に貴族の頂点たる国王がフラれたとなれば、侮る相手も出てきかねない。

 国家運営にとって、相手に侮られるというのは大きなデメリットだ。


「その切っ掛けを俺が作るわけにもいかないだろう?」


 エリオットは俺も面識がある。かわいい子供の頃の話だが。

 そんな相手を不利に叩き込むような選択肢は、できればしたくない。


「面倒くさい話じゃの」

「その面倒くさい状況に持ち込んだのはお前だ!」

「そういう謀略はコルティナの守備範囲なんじゃが。もういっそ話して協力を仰ぐというのはどうじゃ?」

「俺が殺されるわ!」


 この身体になってからコルティナとはキスもしているし、裸も見ている。

 お互い見られて恥ずかしいところまで曝け出すような、家族同然の付き合いをしてきた。

 それが昔フった男だと知られた日には……考えるだに恐ろしい。


「お主の方こそ、泥沼に嵌っておらんか?」

「うっせぇよ」


 とにかく、この状況を何とかしなければならない。そのために頭をひねるが、俺にはあまりいいアイデアが浮かばなかった。


「なあ、爺さん。どうすりゃいい?」

「ん? そりゃ簡単な方法は一つあるにはあるが……」

「あんのか?」


 俺はいきり立ってマクスウェルに詰め寄った。

 王家絡みの色恋沙汰をさっぱり解決する方法なんて、俺には到底思い浮かばないんだが。


「ああ、あるぞ。実に簡単な方法が」

「もったいぶらずに教えてくれよ?」

「お主がフラれればいいんじゃ」


 マクスウェルの言葉に、俺の行動は完全に硬直した。

 俺がフラれる? 男に?


「要は陛下がお主に興味があるから問題なのじゃ。興味がなくなれば、纏わりつく事も無かろうて」

「そりゃそうだろうけど……フラれるってどうすればいいんだよ」

「今のお主の姿を見せれば問題ないんじゃなかろうか?」


 ソファの上に胡坐をかき、ティーカップをまるでジョッキのように茶を呷る俺は、確かに美少女とは言い難い。

 この姿を見れば幻滅する事は間違いないだろう。

 だがそれは、俺の外聞にも大きく傷をつけることになる。レディになりたいわけではないが、せっかく評判がいいのだから意図的に破壊する必要もない。


「あまり気が進まないぞ、それ」

「なら……そうじゃな。要は陛下が別の女性に惚れればいいんじゃよ」

「別の女性?」

「そう。別の女性にぞっこんになれば、無理にお主と付き合おうとは思うまい」


 なるほど。確かに最適な結婚相手が見つかれば、俺のような平民は相手にされなくなる。

 だがその『ふさわしい相手』に心当たりがない。


「そもそもその相手がエリオットに惚れるとも限らんしなぁ」

「事態の主導権を握るなら、それもお主が演じればよかろう?」

「は?」

「つまり……変身したお主に惚れさせればよいのじゃ!」


 このジジイ、ついにとんでもないことを口走りやがった。

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