第140話 闖入者

 青年は背が高く、典型的な金髪碧眼。背もすらりと高く、適度に筋肉のついた、理想的な体型。少しライエルに近いスタイルかもしれない。

 いかにも貴族然とした雰囲気を漂わせる、これまた典型的な美形。

 というか、どこかで見た記憶がある……が、思い出せない。


「えーと、どちらさま?」

「ああ、失礼。あまりに麗しい光景だったので、つい。私は今期より臨時教員になったエリオットという者です」


 謝罪の後、優雅に一礼。その仕草はまるで、一枚の絵画を見るかのように様になっている。

 だがこの男、その典雅な仕草とは反対に、妙に嫌悪感を刺激される。


「どうも、ニコルです。姓はありません」

「レティーナ・ウィネ=ヨーウィですわ。以後お見知りおきを」


 だが一応挨拶されたわけだし、こちらも名乗り返さないと無礼だ。俺とレティーナは、念のため、貴族式の返礼を行いつつ自らの名を名乗る。

 それにしても、エリオットという名に、その容姿。本当にどこかで見覚えが――


「あ、エリオット・グリトニル=ステラ=トライアッド?」

「おお、我が名を聞き及びでございますか、ニコル姫」

「おい……」


 エリオット・グリトニル=ステラ=トライアッド。北部三か国連合の現国王の名だ。

 生前、俺たちが邪竜に滅ぼされた北部三か国の王家の生き残りを探し出し、三か国をまとめる旗印に据えた少年。

 俺が死んだ時はまだ五歳くらいだったはず。順調に歳を重ねていけば、今は二十五歳くらいか。外見的な勘定は合っている。


「っていうか、姫?」

「私があなたを婚約者の候補に挙げた事はご存じで?」


 そう言えば、このラウムに逃げ込む遠因になったのが、その話題だったか?

 つまりコイツが諸悪の根源? いや、諸悪の根源はこいつに俺の事を吹き込みまくったライエルだが。


「ラ――パパから、すこしだけ」

「それは重畳。以前から一目お会いしたかったのですが、中々折り合いがつかず……その間にあなたは学院に入学してしまった。そこであなたに会うため、非常勤講師としてこうして赴いたと言うわけです」

「迷惑だから帰って、どうぞ」

「なんとツレない! だがそこがいい」

「よくない」


 芝居がかった仕草で天を仰ぐエリオット。しかしそんな道化染みた仕草に誤魔化されたりしないぞ。

 そもそもオーバーアクションが過ぎて、わざとらしい。


「そもそも王様がなぜ学院に? 執務とかあるでしょ?」

「この先二年は遊んで暮らせるくらい頑張りました!」

「その労力は、向く方向が間違っている」


 一度滅んだ三つの王国を一纏めにして、連合王国として再建したばかりの北部三ヵ国連合は、今も非常に問題が山積している。

 三つの国のそれぞれの習慣を纏めるだけでも難しいのに、それらは一度邪竜によって滅ぼされている。

 いや、むしろ一度滅んだからこそ、纏める事ができたといってもいい。

 だからと言ってすんなりと事が進むわけがない。トライアッドという国の生き残りである彼を頭に据えた事で、他の二国の重鎮達はいい顔をしていない。

 そう言った反対勢力を鎮圧するために俺達六英雄は散々各地を飛び回ったものだ。


 なのにその本人が仕事を放り投げて、こんな場所にやって来るとは何事か。


「いくら王様でも、仕事を放りだすのは感心しない」

「その点はご安心を。当面の問題は全て片付けてきましたし、信頼できる臣下に後を任せております。何より王として最も重要な仕事を処理しに来ましたので。臣下もノリノリで協力してくれましたよ?」

「重要な仕事?」

「世継ぎ問題です」


 清々しいまでの断言に、俺は思わず頭を総毛立ってしまった。

 確かに王にとって世継ぎは重要な、最優先と言っていい問題だ。そしてその王妃候補に、俺の名が挙がっていたのだから、こうなる可能性はゼロじゃない。

 だが俺の中身はあくまでも男のままだ。つまり、世継ぎを作るということは、そういった行為を行わねばならない。

 俺と、エリオットが……? 冗談じゃない。いや、エリオットだからダメというわけじゃなく、男と閨を共にするということ自体があり得ない。

 しかも、普通国王本人が押し掛けてくるか?


「そもそも、わたしに手を出すのはパパとママが許可しないはずだけど?」

「無論極秘です。あ、着任に当たってはきちんとマクスウェル様の許可は頂いてますよ?」

「あのくそジジィ……」


 俺がレイドの生まれ変わりと知っていて、この所業。明らかに確信犯である。

 おそらくは俺だけでなく、ライエルやマリアまで巻き込んで楽しもうという魂胆が透けて見える。


「残念だけど、わたしはまだ、そういう事は考えてませんので」

「無論承知しておりますとも。あなたはまだ蕾。しかし一目見て確信いたしました。間違いなくあなたは将来大輪の花を咲かせると。私の目に狂いはありません!」


 狂いまくりだ、バカ野郎!

 そう叫びたいところを、すんでのところで堪えた。中身が俺では、肝心の世継ぎを作る行為すら、ままならん。

 だがこのバカのテンションはさらに上がる。滔々と先程の演奏について語りだした。


「ニコル姫とヨーウィ侯爵令嬢の共演は実に見事でした。まるで妖精の奏でる歌声のように可憐で素晴らしく、またその光景の美しさに、私は心を奪われてしまいました」

「わたしの演奏は、先生からも首を傾げられてるんだけど……」


 元々が指の動きの鍛錬のためのピアノ演奏である。

 そんな目的で演奏される旋律に、感情が籠っていようはずもない。

 俺の演奏は、まるで『オルゴールのように機械的だ』と、音楽教師からのお墨付きを頂いている程なのだ。

 間違いなく、こいつの芸術的感性は皆無と言っていい。


 その時、俺の袖を引く感触に気付いた。これは俺のそばに控えていた、レティーナの物だ。

 彼女は俺の耳元に口を寄せ、尋ねる。


「お知合いですの?」

「うん、名前だけだけど」

「どちら様でしょう?」

「北部三ヵ国連合の王様」

「お、王? 陛下!?」


 俺から身元を告げられ、レティーナは引きつったような声を上げた。

 彼女も貴族なので、国王という肩書きには滅法弱い。


「こ、これは失礼しました、陛下。わたしはヨーウィ侯爵が娘、レティーナと申します」


 慌ててスカートをつまんで頭を下げ、正式な令嬢としての礼を取る。彼女はラウムの臣民なので、無礼でない程度で構わないのに。

 そもそも先程挨拶しただろう。


「ああ、お気になさらず。今回の赴任はあくまでお忍びなんだ。だから内緒でお願い」

「そうでしたか。ですがなぜ……」

「こちらのニコル嬢と私には、仲を取り持とうという動きがあってね。私も興味はあったので、少し先走ってみただけだよ」

「に、ニコルさんに!?」

「わたしというより、ライエルとマリア目当てだね」


 ギョッとした表情で振り返るレティーナに、丁寧に説明しておく。

 英雄の娘と言う立ち位置上、俺にこうした関係を迫る貴族は多いらしい。だが北部三ヵ国連合では、その最上位たる国王がいたので、そう言った行動はほとんどなかった。

 俺に手を出せば、国王と英雄、その双方を敵に回す可能性があったからだ。

 このラウムに来てから、特にそういう輩が目につき始めた。これは国元を出た弊害とも言える。


「あ、そろそろ時間だから、失礼しますね、陛下」


 時間はいつの間にか午後四時を回っている。

 この後は夜中にクラウドの秘密特訓を行うだけなので、特にやるべきことはないのだが、エリオットの相手を延々と続けるのも正直面倒だ。

 少し早い時間ではあるが、ここは早々に退散させてもらう事にした。

 名残惜しそうなエリオットの視線を受けながら、俺はレティーナの手を引き、逃げるようにして音楽室から立ち去ったのだった。

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