第139話 クラブ活動とその成果
俺達の遠征は正直言って失敗に終わった。
これは俺のブランクの長さと、レティーナの未熟さによるところにある。
昔の俺だったら、もう少し慎重に事を進めていたところだろう。この身体に転生して早十年が経過したが、その間に激戦と呼べる戦いは数回しかやっていない。
転生前だったら十年の間に十度以上は激戦を繰り広げていたはずだ。
つまり……
「なまってる」
「生? ですの?」
「うん? なんかニュアンスが違う気がする?」
学院の教室に戻った俺は、レティーナを相手に反省会を開いていた。
すでにホームルームを終えているので、他の生徒は思い思いに帰路についている。
コルティナも職員室に戻っていた。
「まあ、実際の戦闘はやっぱり違いますわね。近隣の害獣退治とは」
「わたしの場合は完全に予習不足。ポイズンモールドが多い地域なんだから、生態を予習すべきだった」
「火属性魔法で炎上する性質があったのも、知っておけばこの失態は無かったですわね」
互いに溜息を吐いて、自身の反省点を述べ合う。
こうする事でお互いのミスを理解しあい、次の戦闘では注意する事ができるからだ。
「目的地がわかっているのならば、その地の生態やモンスターの知識を集める必要性があるのですわね」
「今までは結構人任せにし過ぎてた。自分でも調べる癖をつけないとダメだね」
「そうですわね……っと、ニコルさん、そろそろ音楽室に向かわないと」
「おっと」
反省会に時間を割き過ぎていたのか、クラブ活動を行わねばならない時間になっていた。
俺は今、音楽部というクラブに入っている。
音楽に興味があったわけではないのだが、ここに所属していると鋼糸の調達が便利なのだ。
そして予算的な矛盾は、マクスウェルに揉み消してもらっている。
二人で音楽室に入り、各々の楽器を手にとって調子を整える。
レティーナはバイオリン、俺はピアノを演奏している。これは、指先の器用さを鍛える事もできるので、なかなか悪くない選択肢だと自賛していた。
しばらく楽器や指の調子を調べてから、レティーナと曲を合わせ合奏を開始する。
すると数分で教室の外には観客の山ができていた。
最近はいつもこんな調子だ。
俺の背も少しは伸び、体型から子供っぽいところが抜け始めている。
レティーナは凹凸に乏しいながら、俺よりも一歩先を行く体型である。そんな二人が優雅に音楽を演奏する光景と言うのは、男子生徒にとってはそれなりに眼福なのだそうだ。
それだけでなく、女子も半数近く存在するのだから、意味がわからない。
「見てるくらいなら入部すればいいのに」
鍵盤の上で指を躍らせながら、俺はポツリとこぼしてしまう。
それをレティーナは耳聡く聞きつけた。
「見てるだけだから、いいのでしょう?」
「そういうもん?」
「特にニコルさんは聖女の再来とまで言われてますもの」
「どっちかと言うと剣聖の再来と言って欲しい」
「正直、剣聖と呼ぶにはか弱過ぎると思いますわ。それにライエル様よりはマリア様に似ていますし」
俺は毎日手のマメが潰れるほど剣を振り、そしてコルティナに問答無用で治癒されている。
おかげで手の平はぷにぷにのままだ。
筋肉も予想以上に付かず、手足は枝のように細い。
華奢ですらりとしたその姿から、剣の適性の無さは前世以上と言う事実も、そろそろ認めねばなるまい。
その分、長くしなやかな指は糸を操るのに向いている。
おかげで糸を身体に絡めての身体強化は、順調に身に付きつつあった。
このピアノもその鍛錬の一環なのだが、それが男子生徒諸氏には非常に好評なようだ。
おかげで観客の数は日に日に増大しつつある。
「はぁ……」
一曲を弾き終え、俺は小さく溜息を吐く。
これは無駄に注目を集めている現状を危惧してのものだが、見学者達は俺の表情を演奏に没頭した美少女が陶然と息を漏らしたように見えたらしい。
俺にそんな意図は無いのだが、どうにも聖女化、マリアの再来という噂が広まりつつある……というか外堀を埋められている気がしてならない。
「今日は狩りには行かないんですの?」
「授業でやったのに、放課後も行く必要は無いじゃない」
「それもそうですわね……ミシェルさんとクラウドに連絡は?」
「もう入れてる」
問題があるとすれば、生活に直結するクラウドの収入なのだが、これも前回野牛を討伐しているので、数日は持つはず。
ならば今日を含め数日は身体を休める休息日に充てても問題はあるまい。
ちなみにクラウド、冒険者仲間の間では結構やっかまれているらしい。
愛想良く愛嬌のあるミシェルちゃんと、貴族令嬢のゴージャス系美少女レティーナ。そして英雄の娘である俺。そんな三人とパーティを組んでいるのだから、当然である。
そんな将来性豊かな、それでいてタイプの違う美少女三人に囲まれた少年は、何かと他の冒険者からの風当たりが強い。
おかげで俺たち以外の仲間と組む事はほとんど無い。
「クラウドも、わたしたち以外と組めるようになれば、見識も広がるんだけど」
「不可能ですわね。彼、妬まれてますから」
「さすがにハーレム状態はよくなかったか」
「……どちらかと言えば、あなたと組んでるからですけど?」
あきれた声を出すレティーナだが、俺は三人の中で一番人気が低いと思うぞ。
ミシェルちゃんみたいな愛想の良さはないし、レティーナのように育ちもよくない。
その証拠に、俺に声を掛ける生徒はみんなどこか腰が引けている。普通に話しかけてくれるのはマチスちゃんくらいである。
人付き合いの悪かった前世の性格が後を引いているのか、周囲の人間も敬遠している様子がある。
これは決して、俺に友達がいないからではない。断じてボッチと違うと宣言しておこう。
演奏の合間にレティーナと世間話を交え、次の曲に入る。
それも順調に終わらせたところで、ぱちぱちと拍手をしてきた者がいた。
この音楽室では見学者は多いが拍手をしてくるものはほとんどいない。
演奏の邪魔になるからとか、割り込める空気ではないと言う言葉を聞いたことがあるが……まあ、そんな理由だ。
なのでいきなり拍手してきた存在に、俺は目をぱちくりとしばたかせた。
そこには背の高い、二十歳半ばくらいの青年の姿があった。
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