第138話 実戦授業

 俺は深い森の中でカタナを構え、敵と対峙していた。

 正面に立つのは緑の悪魔と呼ばれるモンスター。不定形の身体を震わせ、こちらの隙を窺っている。

 だが俺も百戦錬磨の経験を持つ。隙を与えず、相手に飛び掛かる事をさせない。


 逆に俺の方はその余裕がある。

 じりじりと間合いを詰め、一撃必倒の距離に入る。


「――でぇい!」


 鋭い気合を発し、一息に距離を詰め、必殺の一撃を打ち込む。

 俺の斬撃は狙い過たず正面の緑の悪魔――ポイズンモールドと呼ばれる巨大な肉食カビのモンスターを両断した。


「みゃっ!?」


 しかし両断したポイズンモールドは、そのまま左右に分かれたまま、こちらに襲い掛かってきた。

 不意を突かれた俺は、その体当たりをまともに食らってしまう。

 だが相手はしょせん、カビのバケモノ。体重は軽く、その体当たりに威力は無い。

 反撃に耐え、止めを刺すべく追撃を放とうとした。そこで俺は身体の異常に気付く。


「あ、あれ……?」


 腕が上がらない。いや、身体全体の動きが鈍い。

 全身を襲う倦怠感は一瞬にして全身に回り、まともに立つ事もできなくなる。

 俺はその場に膝を付き、前のめりに倒れこむ事になった。

 その俺ににじり寄るポイズンモールド。そこへ気楽な声が投げかけられた。


「はい、そこまでー」


 コルティナの停止命令と同時に、雷撃系の攻撃魔法がポイズンモールドを襲い、一瞬にして焼き尽くした。


「ポイズンモールドに物理攻撃は効きにくいのよ。先に強化付与エンチャントで武器に魔力を纏わせるべきだったわね」

「あ、あぅあぅ……」

「ニコルちゃんの付与術は、まだ効果は小さいけど汎用性が高い。その分、利用には多岐に渡る知識を必要とするわ」

「ぐうううぅぅぅぅぅ……」

「状況に応じた魔法の使用を心掛けないといけないわね」

「し、しび……しびれ……」


 生前の俺は対人戦を専門としており、モンスターの知識を軽んじて、敵を識別し、弱点を突く戦略を立てるのをコルティナやマリアに任せっきりにしていた。

 モンスターの知識の無さゆえに、今回の敗北を喫した事になったわけだ。

 それはともかくとして。


「コルティナ先生。ニコルちゃん、痺れてます」

「そうでしょうね。だって『ポイズン』モールドだもの」


 コルティナは俺に歩み寄り、腕や脇をツンツンとつつく。そのたびに全身に響くような痺れが走る。


「あぐうううぅぅぅぅ」

「んふふ。予習を怠る悪い子には、罰が必要なのよね」

「お、鬼ぃ」


 その後解毒アンチドートを掛けてもらうまで、たっぷりと弄ばれる俺であった。





 ここはラウム首都から二時間ほど離れた森の中。

 この日は実戦演習として、冒険者育成学院と共同で、実際にモンスターを見つけ出し戦う実習を行っていた。


 街から二時間も離れると、さすがにモンスターの危険度も増してくる。

 いつも俺たちが街の近くで狩っているような、家畜一歩手前のような動物ではない。異形の、本格的なモンスターが相手だ。

 ポイズンモールドもそういった敵の一つである。


 巨大な緑色のカビの塊。

 考えてみれば、通常の斬撃が効くはずも無い。事実、この敵には魔力付与した物理攻撃か、魔法攻撃しか通用しない。

 単純物理攻撃では有効なダメージを与えられない……らしい。


 この特性に関しては図書室などに行けば簡単に調べられたはず。それを俺は怠っていた。

 敵を見つけ、何も考えずに斬りかかった。その結果、毒を食らってしまった。これは失態だ。


 解毒アンチドートを受けた俺はそのまま索敵を継続し、新たなポイズンモールドを発見する。

 じっとりとした森の奥だからこそ、こういったカビ状の敵が頻繁に存在していた。


「さっきと同じ敵ですわね? なら次はわたしに任せてもらえないかしら?」

「レティーナが?」

「ニコルさんの失敗のおかげで弱点は熟知しております。申し訳ありませんが踏み台にさせていただきますわ。おーっほっほっほ!」

「レティーナ、うるさいし」


 高笑いを上げるレティーナを叩いて黙らせる。

 ポイズンモールドは高い知能を持っていない。多少笑い声を上げたところで、こちらの位置を知られる程度で、逃げたりなどはしない。

 せいぜい奇襲の有利さを放棄する程度だ。


 そもそも、クラスで遠征に来ているのだから、個人だけで襲撃する必要性自体が存在しない。

 俺の場合は、真っ先に俺が敵を見つけ、そのまま奇襲能力を図る意味も兼ねての単独戦闘だった。

 しかし今、レティーナが単独で戦う意味はあまり無い。


 おそらく彼女は、俺への対抗心から、こう申し出たのだろう。

 そしてコルティナも、自発的に行動を起こしたレティーナを止めようとはしない。


 ポイズンモールドは知能も高くないし、動きも早くない。

 レティーナの高笑いでこちらの存在を知られてしまったが、それでもこちらに襲いかかれるほど機敏に動いてはいない。

 距離が離れていた事もあり、今からでも充分先制攻撃できる。


「朱のニ、群青の一、翡翠の三。火弾ファイアボルト!」

「あっ、バカッ!?」


 呪文から通常よりも強めで、しかも遠距離まで届くファイアボルトの魔法と知れた。

 その威力は充分にポイズンモールドを焼き尽くすだけの火力がある。

 だがその内容を聞いて、コルティナは悲鳴を上げていた。


 その理由は直後に知れる。

 バフンとファイアボルトの直撃を受け、ポイズンモールドは瞬く間に炎上を始めた。

 元が植物で、しかもカビと言う粉末状のモンスター。

 火種を与えられれば、面白いように燃え上がる。


 面白いように……凄まじい勢いで炎上し、森に引火し始めた。

 それを見てコルティナは慌てて創水クリエイトウォーターの魔法を使用し消火活動を開始した。

 俺に続いてレティーナも説教が決定した瞬間であった。

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