第137話 肉三昧

 牛を解体するとなると、俺たちのような子供では不可能と言っていい大仕事になる。

 だがちょうどいい事に、俺には高速振動する事で切れ味を増すナイフが存在した。

 このままだと本来なら手の中で大暴れするナイフだが、糸で固定すれば使えない事もない。

 四人がかりで牛を吊り下げ、血抜きをし、ナイフの力を使って首を落とし、肉を解体していく。


 牛一頭からとれる肉はおよそ七百キログラム。今回の獲物はやや小柄だったため、せいぜい六百キログラムという所だろう。

 これほどの量を俺達が持ち帰ることは不可能に近いので、一人三十キログラムずつ切り分け、残りは革袋に包んで地面に埋めておく事にした。


「レティーナ、お願い」

「ニコルさんは相変わらず、干渉系だけしか使えないんですのね……」

「ほっといて」


 レティーナの穿孔トンネルの魔法で地面に穴をあける。

 そのあと肉の表面をレティーナの火属性魔法で焼いてから、袋に詰めて地面に埋めた。

 表面を焼いておくことで腐敗の速度を大きく遅らせる事ができる。治癒系の魔法ならば腐敗を遅らせる魔法もあるのだが、俺達の中には使える者がいない。

 というか、その魔法は結構高い実力を要求されるので、どっちみち使えなかっただろうが。


「お肉、一人当たり三十キロかぁ。これはしばらくお肉三昧だね!」

「うん。お肉は正義」

「俺んちだとすぐ無くなっちゃうけどなぁ」

「孤児院のみんなにいいお土産ができたじゃない」


 クラウドは街の孤児院に世話になっている。

 それもあと五年もすれば孤児院を出て自立しなければならなくなる身だ。そのために俺達と共に、冒険者としての基礎経験を積んでいる最中なのだが、正直言って今の状態ではとても笑って送り出すわけにはいかない技量でもある。

 おそらくはぎりぎりまで世話にならないといけないのだろうが、そこは半魔人だけあって、彼の立場は非常に微妙。

 そこでこの冒険で得た食材を持ち帰る事で、彼の地位向上を図っている面もあった。


「焼いておいたからしばらくは日持ちするし、地面にも埋めてある。野犬とかに掘り返されない限りは、数日は持つよ」

「そうね。何日かに分けて持ち帰りましょう。三日もあれば大丈夫でしょう」


 報酬は等分するという大原則は、クラウドが参入しても変わらない。

 今回の場合、肉が六百キログラムほど手に入ったが、四人で分ければ百五十キロである。

 一度に三十キロも運べば、五日で済む計算になる。


「正直言って、うちに肉百五十キロもいらないんだけど……」

「うん、うちもいらなーい」

「わたしの所は使用人たちの食事が潤って便利なんだけど?」

「俺んちは言うまでもないよなぁ。二十人の大所帯だし」


 俺の家はフィニアとコルティナと俺の三人にカーバンクルしかいない。

 食事という面では、ここにライエルとマリアも入るが、それでも六人分。とてもじゃないが消費しきれない。

 まあ、ガドルスやマクスウェルにお裾分けすれば何とか消費する事はできるが。


 同様にミシェルちゃんの家も家族は三人しかいないので、消費は不可能だ。

 彼女の場合、猟師として肉を売りに出しているので、そっちに回す事になるだろう。


 人手の多いレティーナやクラウドは問題なく消費し切れるが、それでも数日は肉三昧になる量だ。


「ちょっと大物を狙いすぎたかな?」

「むしろ大物を狙って、あっさり狩れるようになったのがビックリだわ」


 俺の言葉にレティーナが呆れた声を返す。

 実際のところ、それほど特殊な事はしていない。しいて言えばミシェルちゃんの狙撃くらいだ。

 それでも状況を整えて待ちかまえれば、俺達のような子供でも野牛くらいなら仕留められる。

 それこそが、冒険者の恐ろしいところである。


 不可能なほどの実力差も、罠に嵌め、不利な状況に落とし込んでしまえば、実力差をひっくり返す事ができるのだ。

 それを学べただけでも、彼女達にとって今日は勉強になっただろう。


「罠を仕掛ける、足を攻めて動きを止める、数で襲い掛かる、不意を突いて奇襲する。色んな手段を講じて相手の実力を出させないことが重要」

「そうね。これは騎士の戦いじゃなく、殺し合いだもの……綺麗汚いは関係ないのね」

「そういう言葉も生きていればこそ、だよ。そこが騎士と圧倒的に違うところ」


 俺は肉を背負って立ち上がる。

 袋に詰めた三十キログラムという重量が、ずっしりと肩に食い込んでくる。

 健康になった俺にとって、かなりキツイが持てない重量ではない。


 ミシェルちゃんやレティーナも、それを見て袋を背負って立ち上がる。

 彼女達は俺よりも体力はあるので、まだ足取りはしっかりしていた。クラウドに到っては言うまでもない。


「それじゃ帰ろう。今日はもう充分」

「っていうか、もう一杯一杯だから!」


 俺よりは余裕があるが、それでもレティーナの足取りはややアヤシイ。

 むしろ魔術師志望にしては健脚と褒めるべきだろう。

 そんな彼女を笑う俺の背後に、突如襲い掛かる影があった。


「キュッ!」

「うきゃ!?」


 木の陰から飛び出して俺の背に圧し掛かってきたのは、姿を隠していたカーバンクルである。

 人の頭ほどもあるハムスターのような姿をした幻獣が、俺の背に飛び掛かってきたのだ。肉を入れた袋だけでぎりぎりの俺にとって、その重量は致命傷と言えた。

 そのまま前のめりに地面に倒れ、簡単に押し潰される。


「ぐえぇ……カッちゃん、早く退いて」

「キュー?」


 カッちゃんとはカーバンクルに付けた名前である。正式名称はカーバンクルの『カッツバルゲル』。略してカッちゃん。

 いつもなら問題なく肩に乗れる俺が、今日に限って潰れたので、俺の背に乗ったまま首を傾げている。

 だが人一人に匹敵する重量に潰されているのだから、正直結構苦しい。


 地面に押し倒され、じたばたと手足を動かす俺を、ミシェルちゃんたちは指さして笑っていたのだった。

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