第293話 変貌

 俺の隠れ家には地味に転移防止の処置が施されている。

 仮にも国が傾きかねないほどのお宝を隠しているのだから、それも当然のことだろう。

 ちなみに術式は通りすがりの魔術師に頼んでおり、そいつは後に悪事に手を染めたため、俺が始末している。つまり、ここの存在を知るものは限定されたままだ。


 しかも今はオーガのデンを住まわせている。もし飛んだ先で妙な状況だったりしたら、後味が悪い思いをするかもしれない。

 誰だって自室にいきなり飛び込まれたら、不快に思うはずだ。


 そんなわけで、俺たちは隠れ家のそばにやってきていた。

 なぜアストの洞窟ではなくこちらに来たのかというと、デンの様子も少しばかり気になったからだ。

 俺はあれ以来この場所には訪れていない。つまりデンの様子も見ていない。

 あいつがどう暮らしているのか、少し気になっていたのだ。


 鬱蒼と茂った半ば埋もれた廃村。草むらの中で、一本だけ獣道のように踏み固められた道ができている。

 おそらくはデンが出入りすることでできた道だろう。


「草むらを踏み固めた様子からして、最近まで通っていた様だな」

「ということは元気にやっておるということかの?」

「ま、アストにも頼んでおいたし、悪い状況にはなっていないだろうさ」


 言うなれば、彼の庭先にオーガを住まわせているわけだから、気にならない方がおかしい……はずなのだが、あの男なら気にしないような気もする。

 それはともかく、あの気のいいオーガとは、また話をしてみたいと思っていたので、いい機会ではあった。


 俺は獣道を通り、隠れ家に訪れた。

 外観は相変わらず、ボロボロの半壊した家。しかしよく見ると真新しい補修の跡が見て取れる。


「ん?」

「なんじゃ、レイド。どうかしたのか?」

「補修の跡がある」


 自分の巣に生ゴミの山を築いていたあのオーガが、屋根や壁の修理などやるものだろうか?

 病気にもならず、風邪も引かないと自慢していたような奴だ。多少の雨漏りや隙間風など、気にするとは思えない。


「ひょっとして、別の誰かが住み着いているとか?」

「ここはアスト殿の敷地内じゃ。いくらなんでもそれは有り得んじゃろう」

「じゃあ、あの補修は何のためだ? デンには必要ないだろ」

「それはそうなんじゃが……」


 ともかく外から見ただけでは、中の様子はわからない。

 少々不審なこともあるため、警戒して入口――元の用途は窓だが――を開き、中へと足を踏み入れた。


「朱の一、群青の一、山吹の二――光明ライト


 マクスウェルがすかさず光源を作り、視界を確保してくれる。山吹の二、つまり二時間ほどは照らし出してくれる灯だ。

 その魔法で照らし出された屋内の様子を見て、俺は驚愕した。


「なんだ、これ……」


 室内は奇麗に整理整頓されており、壁には壁紙すら張られていた。

 入口ということもあり、マットが敷かれ、足の汚れを拭き取ることができるようにすらなっている。

 さらに壁に花を飾っていたり、埃一つなく丁寧に掃除が施されていたりと、マクスウェルの屋敷よりよほど快適そうに見える光景が広がっていたのだ。


「これは……アスト殿の仕業かの?」

「いや、あのぶっきらぼうな男がオーガのために内装を整えるリフォームをすると?」

「ありえんなぁ」


 デンは弱気で理知的とはいえ、オーガである。正直そこらに放り出しておいても死にはしない。

 奴が死ぬとすれば、それは不用意にアストの怒りを買ってしまうか、餌を取れずに飢えて死ぬくらいだろう。


 部屋の扉を開き、階段を下りていく。

 以前は朽ちかけ、足場を気にしないと踏み抜いてしまう危険すらあったのに、そこも綺麗に作り直されている。

 しっかりとした足場は軋む音すら立てない。体重の軽い俺はもちろん、マクスウェルですら軋む音を立てないほどしっかりと作り直されていた。


「こりゃ、本格的な改装が施されておるなぁ」

「これ、デンがやったのかな?」

「いくらなんでもありえんじゃろう。変異したとは言え、オーガじゃぞ」

「だよな」


 バカバカしい、そう思いはしても、その疑念は晴れない。

 なぜならこんな場所に足を踏み入れるのは、デンかアストしかいないからだ。

 そしてアストの性格からして、オーガのために住環境を整えるとは――あの酔狂の塊ならやるかもしれないが――可能性は低いと思う。


 そうして階下に足を踏み入れた途端、何者かが殺意を持って攻撃を仕掛けてきた。

 階段の陰から、重量感のある一撃。

 しかし俺は、その気配を察知していたため、あっさりとそれを避ける。いや、避けるまでもなく寸前で停止していた。

 俺は反撃とばかりに短剣を引き抜きざまに斬りつけ――ようとして、同じく急停止する。


「っと、なんだ、デン……なのかな?」


 そこにいたのはきちんと執事服を着こんだ、身長三メートルの巨体だったのだ。

 しかしその顔に見覚えはある。多少痩せ細り、すっきりした感があるとはいえ、オーガのデンに間違いはない。


「これは失礼を。ニコルお嬢様でしたか。私はてっきり不法侵入者かと」


 拳を収め、優雅に――それはもう、そこらの王宮に放り込んでも使えそうなくらい優雅な一礼をやってのける。

 俺の名を知っており、敬意を払うオーガ。そんな存在はデンしか有り得なかった。


「お前、どうしちまったんだ……?」


 よく見ると顔のムダ毛も処理されており、頻繁に洗顔しているのかさっぱりしている。

 クラウドよりもよっぽど清潔感あふれるオーガと化したデンが、そこに立っていたのだった。

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