第292話 お揃い
コルティナ宅に戻った俺は、まず奇妙な違和感を覚えていた。
コルティナが妙に明るく、わざとらしいほどこちらに構ってくるのだ。
いつも彼女は明るく元気ではあるのだが、まるで芝居がかったような仕草にすら見て取れる。
「コルティナ、なにかあった?」
「んー、なんでもないよー」
なんでもない様なことを言っているが、マクスウェルから事情を聴いている俺は、彼女が無理にいつも通りを演じようとしていることに気付く。
一度爆発させた感情は、そう簡単に整理がつくものではない。
だが、それを演じているということは、俺に知られたくないということでもあるはず。ここは無理に追求せず、事態の打開を待つ……つまり、アストにどうにかしてもらうまで待ってもらおう。
「あ、そうだ。これお土産。髪がサラサラになるんだよ?」
「はい、本当ですよ。見てください、私の髪もツヤツヤです」
俺が洗髪剤をコルティナに渡し、その効果のほどをフィニアが自分の髪で提示して見せる。
すると、コルティナもさすがに女性というべきか、目の色を変えてフィニアの髪を触り出した。
「うわぁ、艶もいいけどしなやかになってるわね。前も悪くない髪質だったけど、それ以上」
「ですよね! 私もびっくりしました」
「あの白い子には感謝しないとね。これ、量産したらお店で売れるレベルよ?」
「素材がモンスターだから、そんなに数は作れないと思うけど。でもそれほど難しい相手じゃないし、駆け出し冒険者のいい儲け話になるかも」
「へぇ……」
浮きワカメ自体は、それほど難敵ではない……いや、別方向で難敵ではあったが、まあ命の危険を感じるような相手ではない。
冒険者に成りたての新人ならば、いい小遣い稼ぎになるはずである。
問題は採取場所が海沿いである点だが、浮きワカメの表皮は乾燥させることもできるし、水で戻せば粘度も戻る。長期輸送も可能なため、交易という手段にも訴えることができる。
「それとコルティナ様、見てください! ニコル様とお揃いなんですよ?」
「わ、それって
「ファングウルフです。ミシェルちゃんとクラウドくん、あとフィーナちゃんともお揃いです」
「へぇ……ねぇ、ちょっと私、お出かけしてきてもいいかな?」
「え、どこへ?」
「うん、ちょっとマクスウェルに運んでもらって、ファングウルフ獲ってくる」
「今から!?」
時間はすでに夕方に差し掛かっている。今からフィニアの作る夕食を食べ、それからファングウルフを狩りに行く場合、それは深夜に及ぶ可能性があった。
俺としてはコルティナの留守はありがたい限りなのだが、彼女が単独で夜営をするというのは心配である。
とにかく今は話を逸らす方向にもっていきたい。
「えっと、その……そうだ、マクスウェルが儀式魔術の勉強をするから、今夜泊まれって言ってたよ」
「え、マクスウェルの屋敷に?」
「ううん、別の場所。儀式魔術にちょうどいい場所を見つけたんだって」
これも嘘ではない。儀式魔術にちょうどいい場所は確かに見つけている。それも魔神召喚の。
今回行く場所はそれと全く関係はないが。
「儀式魔術ねぇ。ニコルちゃんに必要なの?」
「えと、えっと……そう、転移魔術!」
「ああ、確かにアレも儀式魔術の一種と言えば一種か」
一般的に広まっている、魔法陣の力を借りる転移は術者の力量不足を補うための物だ。
マクスウェルのように、詠唱だけで使用するのはかなり難しいが、これならば俺でも近いうちに使えるようになるかもしれない。
そう言った事情も
「せっかく帰ってきたばっかりなのに、また外泊とか……ひょっとして、不良化の兆候?」
「ちがうから!」
力強く否定したが、正直後ろ暗いことをしに行くという点では変わらないかもしれない。
俺としても悲しむコルティナにさらに嘘をつくという行為は心苦しい。しかしこれも、彼女のためである。
「でも、夜中にニコルちゃんだけ出歩かせるわけにはいかないわよ?」
「そこもマクスウェルは考えてた。フィニアに護衛してもらえって。ついでに屋敷の掃除もしてもらうって」
「あの爺ィ……だんだん横着になってきてるわね。マテウスの奴はどうしたのよ?」
「お休みだって。それにコルティナも、途中まで一緒に行くんでしょ?」
彼女がファングウルフの牙を入手しに行くなら、マクスウェルの転移魔法は不可欠だ。
結局、家を空けて全員で訪れないといけなくなる。
コルティナの行き先は別なので、俺が何をしているのかバレる心配もない。
少々思惑と違う形にはなったが……まあ、これはこれで良しとしておこう。
結局コルティナも引き連れて、マクスウェルの屋敷を訪れることになった。
その屋敷に一歩踏み入れたコルティナは、溜息混じりに感想を述べる。
「あのやろ、この数日でどうしてここまで屋敷を荒らせるってのよ」
彼女の意見ももっともで、マテウスが通っていた時はそれなりに片付いていた屋敷が、合宿出発前後のどさくさで元の木阿弥と化していたのだ。
確かにこれならば、フィニアに掃除を頼みたくなる気持ちもわかる。
「来て早々、ずいぶんな言い草じゃな」
「せっかくあの男を家政夫にしたってのに、あっという間に荒れてるじゃない。そりゃ溜息の一つや二つは出るってものよ」
「掃除を頼むフィニア嬢には悪いと思ってるよ。じゃがこればっかりは性質というかのぅ」
「まあ、ニコルちゃんがくる前のあんたの屋敷を思い出せば、当然の帰結だったかもしれないわね」
「それはそれとして、コルティナは何しに来たんじゃ?」
「私も『お揃い』!」
「は?」
コルティナの断言に、マクスウェルも首を傾げていた。
何か言語中枢に不具合をきたしていたのかもしれない。
「いや、私もニコルちゃんたちとお揃いの
「と言われても予備なんてないぞ?」
困り顔のマクスウェルに、俺は事情を説明して見せる。
それを聞いた彼も、渋い顔をして言葉を濁した。
「お主ではファングウルフの奇襲は危ないかもしれんじゃろぅ? それに守るものもおらん」
「じゃあ、ガドルスを連れてきてよ」
「そんな個人的都合に呼び出されるあやつが不憫じゃな」
完全にコルティナの私情に巻き込まれたガドルスに,俺は合掌したい想いだった。
それでも言うことを聞き、あっさりと連れてこられるのだから人が良いと言わざるを得ない。
奴としても、コルティナには多少後ろめたい気持ちを残しているから、断り切れなかったのだろう。
そうしてコルティナを別の場所に隔離した後、俺たちはアレクマール剣王国のマレバまで転移したのだった。
なお、フィニアには後日掃除代として、報酬が支払われることになったと言っておこう。
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