第488話 ヒミツの家宅捜索
レティーナを医務室に残してきた俺は、そのまま全速力で寮へと向かった。
高等部では午前と午後に三つずつ授業がある。そして寮は学舎と併設されていた。
授業が終わって昼休みに入れば、カインが自室の様子を見に戻るかもしれない。
制服姿でスカートの裾を蹴立てて疾走する俺は、見る者が見れば奇異な行動と取られてもおかしくなかっただろう。
しかし隠密のギフトを使っているので、こちらに注目する者はいない。そもそも人目に付くルートは避けている。
さらに身体に糸を這わせた身体強化を行っているので、今の俺の動きを見切れるものはほとんどいないだろう。
途中で手甲を呼び出し、両手に装備する。これは魔術学院の施設内では、特殊な教室や実技場以外での魔法の発動を妨害する設備が敷かれているからだ。
制服姿に手甲というのは、色々アンバランスな気がしないでもないが、人に見られるわけでもないので、別に構わないはずだ。
こうして迅速に寮に戻った俺は、玄関を避け、裏庭へと回り込む。
さすがに堂々と玄関から戻れば、隠密のギフトがあっても目に付いてしまうと判断した。
「さて、やつの部屋は南側の角部屋だったな」
日当たりがいい部屋ではある。しかし貴族の中でもトップに位置する公爵家の子息が住むには妙な位置に思えなくもない。
それも中を調べれば、すぐにわかるだろう。俺からすれば、覚えやすくていい。
そのまま手甲から窓枠に糸を飛ばして絡め、壁を這い上って窓に手を掛けた。
「む……?」
しかし窓は開かなかった。どうやら内側から鍵がかけられているらしい。
カインの部屋は四階。高さにして十メートル少々の位置にある。正直俺のような存在を警戒しない限り、鍵をかける必要がない気がするのだが……いや、魔術師の多いこの学院では、この高さも警戒の範囲内ということか。
「ま、俺にとっては無いも同然なんだがな」
こういう状況こそ俺のギフトの真骨頂を発揮できる場だ。
窓の隙間から糸を滑り込ませ、小さなかんぬき鍵の取っ手に絡み付け、解除する。
靴を脱いでから制服のリボンで包み、スカートのベルトに巻き付けておく。これは足跡を残さないための小細工である。
窓枠に糸を引っ掛けて体を支えているので、非常にバランスが取りづらかった。この寮の外壁は、足場になりそうな場所がほとんどないせいだ。
どうにか潜入して室内を一瞥。最上階の部屋は俺たち一般生徒の部屋と違って、天井が高く、装飾が豪華なものが多い。
特に照明など、小振りのシャンデリアが設置されているほどだ。
さぞかしよりは明るく室内を照らしてくれることだろう。
「それは別にいいけどな。さて、お宝はどこかなっと」
まずは机周りをざっと調べ、問題の違法薬物に関する情報がないか確認する。
裏社会とはいえ流通させているのなら在庫の管理などの書類があるかもしれないと思ったのだが、そういったモノは置いていないようだった。
「考えてみれば、そんな決定的な証拠を自室に放置するはずもないか」
もしくは自室に置いておくにしても隠し金庫にしまうなどの工夫はするはずだ。
ということは、やはり金庫が怪しくなるな。
「さいわいというか、この寮には基本的に金庫が付いているしな」
錬金術を学ぶための触媒などを保管するための金庫が各部屋に設置されている。
俺の部屋にもあったそれは、この部屋にも当然のごとく存在した。
俺のギフト、操糸はかんぬきや回転錠といった鍵とは相性がいいが、こういうダイヤルタイプの鍵とは相性が悪い。
だからといって開けないわけではない。
前世から悪党を暗殺し、その悪事の証拠を警吏の目に晒すために金庫を破り続けてきた俺にとっては、量産品のダイヤル錠なら数分もあれば解除できる。
金庫の壁に耳をつけ、慎重にダイヤルを回すこと数回、カチリと音が鳴って鍵が外れた……らしい。
金庫の取っ手を手に取って引っ張ると、すんなりと開いた。
「どれどれ? って、本当に触媒しか入ってないな」
金庫の中身は薬品や魔力を込めた石などの触媒しか入っていなかった。
念のため、金庫の奥や床板を調べてみたが、隠し棚のようなものは存在していなかった。
「瓶の中身も、ラベル通りって感じだし、ここはハズレなのか」
手早く中身を元の状態に戻して金庫の扉を閉める。
続いてクローゼットの中やベッドの下、天井裏に至るまで調べてみたが、怪しい物は見つからなかった。
「なんだ、本当にあいつ何もしてないのか? いや、あの態度でそれはないと思うんだが……」
あの横柄かつ高慢な態度。無駄に根拠のない自信。
それらは悪党独特の言動だ。ドノバンも出会った当初はあんな感じだったりはしたが、まあそれはそれということで。
ああいう奴が、こんな権力振るい放題の場所で、何もしていないとは思えないのだが。
「少なくとも、カンニングとか、その辺りの悪事くらいはやってそうなんだけど……ん?」
微かに、カツンカツンという足音が聞こえてきた。廊下が石畳だからこそ響いてきた音だろう。
何者かがこの部屋に近付いてきている。それを悟って俺は慌てた。
この部屋には隠れる場所はあまり多くない。
しいて言えばクローゼットの中なのだろうが、だからこそ一番先に目をつけられる。
窓から飛び出してもいいが、その場合窓の鍵を閉める余裕はない。開いたままの窓は逆に疑問を持たせる結果になるはず。
何より、足場になりそうな場所が外壁にはなかったし、窓から下を覗き込まれれば、身を隠す場所もない。
「どうする……?」
そう自問する間にも、足音は扉の前まで到達してしまった。
すぐにも扉が開く。そのタイミングで俺は決断する。
窓に向けて駆け出し、外に向かって身を躍らせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます