第33話 魔力測定

コルティナにツッコミを入れられても、マクスウェルはどこ吹く風の様相だった。

 まったく堪えた風もなく、飄々と言葉を返す。


「あるモンを使って何が悪いか。お主が常々言っておる事じゃろうに」

「一応初見の人間もいるんだから、少しは取り繕いなさいって話よ!」


 茶の用意を整えたマクスウェルは、コルティナの小言を聞き流しながら俺の方に手を伸ばした。


「ほれ、ニコルじゃったかの? この板に手をのっけるといい」

「もう少し言葉遣いって物をね……」

「うるさいの、コルティナ。お主はそんな有様じゃからレイドに振られたんじゃ」

「ち、ちょっと! それとこれとは関係ないでしょ!?」

「千載一遇のチャンスをあっさり棒に振った癖に。見てみぃ、見事に行き遅れておる」


 いや、待て。俺の記憶では、間違いなく俺が振られたはずである。

 なぜコルティナが振られた的な話になっているんだ?


「あの……」

「ん? ああ、この話かの? コヤツは照れ隠しでレイドを振っておいて、その実未練たらたらでなぁ」

「子供になに教えてんのよぉ!」


 ついに実力行使に出て、ポカポカとマクスウェルをたたき出すコルティナ。だが背の高いマクスウェルと、小柄な者が多い猫人族では、その抗議もあまり効果が無い。

 というか、俺も続きが聞きたいぞ、それは。


「レイドはあれで朴念仁な男じゃったからな。自分が振られたと勘違いして、できるだけいつも通り振る舞っていたから、コヤツも切り出す機会を無くしよったのじゃ。軍師が聞いてあきれるわ。わはは!」

「マクスウェル! あんた、覚えてなさいよ!?」


 なんという事だ。つまりあれか? 俺が諦めずに再アタックしていたら、了承してもらえてたのか!?

 俺は諦めが悪い方だと自認していたが、どうやらそれも撤回しないといけないらしい。


 思いもかけず、コルティナの可愛い所を目にして、俺はニヤニヤと笑みを零していた。

 それを彼女に見咎められる。


「あ、ちょっとニコルちゃん? なんかイヤらしい顔してるわよ、あなた?」

「え? え、そんな事……ある、かも?」

「もう、大人をからかっちゃダメなんだからね? こういう失敗は、誰でも人生に一度や二度はある物なんだから!」

「お主の場合、それが致命的だったの。死神の異名を持つ軍師に告白する者など、あの物好きくらいだったろうに」

「あれはレイドが根性なしだっただけで……ううん、違うわね……」


 威勢の良かったコルティナが、急にしおらしくなった。

 その様子を見て、俺は原因に思い到る。彼女も俺の死によって、人生を変えられた一人だ。

 俺の指示に従い、魔神の前から逃げた。それがトラウマになっているのだろう。


「あーもう、いいわ。この話は無し! ほら、さっさと測定しちゃいなさい」


 何かを振り切るように頭を振り、俺に測定を促してくる。だがその顔には無理している様子が有り有りと浮かんでいた。

 自分では勝ち筋を見つけられなかった敵。それを前にして、逃げざるを得なかった過去。

 彼女も重荷を背負ったまま生きてきたのだ。


「……うん」


 だからと言って、今更俺が名乗り出る訳にも行くまい。

 元からあまりにもかけ離れた姿を見れば、それはそれで彼女は重荷に感じてしまうだろうから。

 せめて男に生まれ変わったのなら、名乗り出る事も出来ただろうに……女だしな、俺。

 散々抱きしめられたり頬摺りされたりもしたし。


 無言で石板に手を乗せると、俺の今の魔術適性が石板に表示されていく。

 それを読み取って、マクスウェルは小さく頷いた。


「ほう。魔力値はトンデモなく高いな。これならば、戦闘中に魔力が枯れると言う事は無かろうよ」

「え、でも……魔法、あまり使えないし」

「それは制御力が極めて低いからじゃ。しかも解放力も低い。正直持て余してる状態と言える」


 魔法の実力を測る上で重要になる三つの数値。

 潜在力、解放力、制御力だ。

 潜在力とは体内に保持できる魔力の総合値で、言うなればタンクみたいなものだろう。

 そして解放力はそこから一度に汲み出せる力の大きさ。いわば蛇口と言っていい。

 制御力は汲み出した魔力を魔法に変化させる能力。


 潜在力が無ければすぐに魔力切れを引き起こし、解放力が無ければ魔力を汲み出せない。

 制御力が無ければ、魔力を複数の対象に誘導したり、離れた場所に飛ばす事すらできない。

 この三つの力は、どれをとっても重要な要素になる。


 俺はその内、解放力と制御力に問題があるタイプらしい。


「なに、安心せい。解放力は成長とともに大きくなるし、修業次第でいくらでも成長できる。制御力も同じじゃ。むしろ最も重要な素質である潜在力が高い分、他の誰よりも将来性があると言えるぞ」

「そうなのかな?」

「太鼓判を押してやろうとも。レイドやガドルスなど、欠片も潜在力を持っておらんかったからの。それに比べれば、よっぽどマシな弟子じゃ」


 俺を励ますように、頭を撫でるマクスウェル。

 なんだか、前世の俺と態度が違い過ぎやしないか? 潜在力がゼロと知った時、指差して笑ったのは忘れてないからな。


「これだけの魔力があれば、入学しても支障はあるまいよ」

「それじゃあ!」

「うむ、合格じゃ。ようこそ、ラウム魔術学院へ」


 英雄の娘である俺は、ある意味誰よりも強力なコネを持っている。

 最低限の魔力さえあれば、入学するのに問題はないのだ。


 こうして俺は、魔術学院への入学資格を手にしたのである。

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