第34話 街中の違和感


 俺の魔力測定が終わったので、たっぷりと砂糖を使った甘いお菓子をミシェルちゃんとごちそうになった。

 どうやらマクスウェルにしては珍しい行動だったらしく、俺に気遣って奮発したのだろう。

 なんだか、昔の仲間たち全員から親戚の子供扱いされてないか、俺?


 甘いお菓子というモノは、前世から俺の隠れた好物だったので、ここはありがたく頂戴しておいた。フィニアとミシェルちゃんの幸せそうな顔も見れた事だし、悪戯好きなマクスウェルにしてはよくやったと褒めてやろう。

 特にフィニアのそう言った顔は、ある意味希少である。彼女も不愛想と言う訳ではないが、表情が硬いんだ。せっかく元はかわいいのに。


 ひとしきり俺の育成方針や生活について、コルティナとマクスウェルが話し合った後で、その日は一度解散する事になった。

 俺達がマクスウェルの屋敷から出る時、そのマクスウェル本人から声がかかる。


「コルティナ、悪いがお主には少し話がある。少し残ってくれんか?」

「なによ? この子達だけで帰せって言うの?」

「それもあるが、『あの件』でな」

「――それならしかたないけど……それなら余計にこの子だけでは危ないんじゃない?」

「お主の家までなら大丈夫じゃろ。それほど距離もないし、まだ人通りもある」


 神妙な表情でそう告げるマクスウェルには、先ほどまでの好々爺然とした雰囲気はない。

 それを受けて、コルティナは俺達に向かって振り返った。


「悪いけど、先に返っててくれる? これが家の鍵」

「え、あ……ハイ?」

「ちょっと今、この街で問題が起きていてね、その相談なの。だから部外者には話せなくって……」

「あ、そうだったんですか。わかりました!」


 仮にも二人はこの国の重鎮。いや、世界の重鎮だ。コルティナの立場は一教師に過ぎないが、それでも彼女個人の名声は高い。

 その二人が部外者をシャットアウトして話し合うのだから、かなり不穏な話になるはずだろう。


 俺とフィニアはそれほど荷物を持ち込んでいなかったが、ミシェルちゃんは引っ越しにふさわしいほどの荷物を持ち込んでいる。

 旅慣れた俺と違って、一から住環境を作らないといけないのだから、当然だ。


 家までの帰路、フィニアとミシェルちゃんは近くで触れ合った英雄たちの素顔に、興奮気味に感想を述べあっている。

 俺達の村の人間はライエルとマリアの存在がある為、英雄の憧れへ耐性を持っているが……先程の状況は、一般人だったら卒倒していてもおかしくない状況だった。

 無論この街の住人も、二人の英雄を抱えてる以上、そういう耐性を持っているのかもしれない。


「でもマクスウェル様もコルティナ様も、思ったより優しくてよかった!」

「そうですね。お二人共、実に親しみやすくて。もっと謹厳な方かと思っていました」

「これからコルティナ様にも、色んなこと教えてもらえるんだ。わくわくするね!」

「はい。私も昔の事を色々お尋ねしてみたいですよ」


 フィニア、お前が聞きたいのは主に俺の事だな?


「それにしてもコルティナ様とレイド様がー。んふふ、ロマンスの予感ね!」

「そうですか? 私としては少し――」


 能天気に英雄譚を楽しみにしているミシェルちゃんと違い、想い人に彼女がいたという事実に、衝撃を隠せないフィニア。

 まぁ、俺としてもコルティナの事は、今でも憎からず想っている。

 だがそれと同じくらい、俺にとってフィニアやミシェルちゃんは大事な存在になっていた。

 生まれてから七年。付き合いの長さだけならば、コルティナにも匹敵する――家族なのだ。


「……あら?」


 そんな浮かれた気分を切り替えたのは、そのフィニアだった。


「ん、どうかしたの、フィニア?」

「ええ、先ほど……いえ、きっと気のせいですよ」

「なに?」


 少し気になったと言う風で、フィニアは小さく首を傾げている。

 通りは夕刻。人通りも多くなり、ひっきりなしに荷馬車往復していた。

 中には太い材木を運んでいる馬車もあって、気を付けないと跳ねられてしまいそうな程の喧噪だ。


「いえ、先ほど通り過ぎた馬車ですけど……なにか音が響いていたな、と」

「音が響く?」

「ええ、なんだか楽器みたいな」


 そう言って長い耳をピクピクさせる。その仕草が小動物染みていてカワイイ。

 エルフ族は耳が大きいだけあって音に敏感だ。その能力を活かして、音楽の道に進む者も多い。

 いわゆる吟遊詩人である。


「それは……何か気になる、かな?」


 先ほど、俺達のそばを通り過ぎた荷馬車は、太い材木を運ぶための物だ。

 森に囲まれたこのラウムの王都は、頻繁にこういう材木を運ぶ馬車が往来する。林業は、この国の主要産業でもある。

 だがそれはそれとして、楽器のような音ね……それはつまり木の中がくり抜かれているとか、そう言う系だろうか?

 だとすれば、なぜそんな事をするのか、俺も少し気になったのだ。


「少し様子を見に行ってくる。フィニアはミシェルちゃんを送ってあげて?」

「え、ちょっとニコル様!?」

「わたしも行くー」

「ミシェルちゃんはダメ。ちゃんとお引っ越しの準備を済ませないと」

「あうぅ……」


 ミシェルちゃんも引っ越しの荷物は存在する。

 俺のように最小限の荷物で旅できるように、旅慣れてはいないのだ。

 それはフィニアも同じである。


「フィニアも荷物がいっぱいあるでしょ。早く荷解きしないと今日寝るところないよ?」

「うっ、ですがそれはニコル様も同じじゃ……」

「わたしは寝袋だけでいいし」


 それだけ言い残し、俺は馬車を追った。

 この街についたばかりで、荷物の整理をしないといけないのは変わらないのだ。

 それでも、いつものフィニアなら俺について来ただろう。しかし今はミシェルちゃんもいる。

 他所様の子を預かっている以上、彼女を親元まで届けないといけない。

 そのせいで、彼女は身動きが取れなくなってしまっていた。


 その隙を突いて俺は喧騒の中に紛れ込んだ。

 これは単に俺の勘に過ぎないのだが、なにか不穏な気配がしたのだった。

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