第35話 音の正体

  ◇◆◇◆◇



 レティーナは確かに浮かれていた。

 念願の魔術学院。その入学審査の一つである、魔力測定にパスしたからだ。

 だからこそ、浮かれた足取りで街を歩き――気が付けば母親とはぐれてしまった。


「あれ、ここどこですの?」


 気が付けばすでに母親の姿はない。

 その姿を探してさらに街の中を彷徨い、人通りのない路地へと迷い込んでいく。

 この王都はエルフの街と呼ばれているが、エルフの比率が他の町より多いと言うだけで、それ以外は他の街と大して変わらない。

 人通りのない路地が、子供の恐怖心を煽る事は変わりなかった。


「お母さまー? どこですぅ?」


 半ば涙を流しながら、路地裏を彷徨い歩いていく。

 エルフ族の中でも国政に関わる一族に生まれ、物心がつく前から英才教育を受けてきた。

 その成果の一端が実った事で、舞い上がっていた事は否定できない。

 舞い上がった結果、幼い彼女が母親とはぐれてしまったとしても、それは責められる事ではないだろう。


「まま――ままぁ!」


 ついには号泣しだした彼女に、声を掛ける存在が現れた。

 そこにはアルコールの臭いを漂わせた、ガラの悪そうな一人の男。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん。そんなに泣いてちゃ、可愛い顔が台無しだぜぇ?」

「ひぅ!」


 あからさまに胡散臭い言動。

 すぐにでもその場を逃げ出したかったレティーナだが、足が竦んで一歩も動く事ができなかった。


「出荷分はもう揃ってるんだが、もう一人くらい追加があっても悪くねぇよな?」


 そう言って懐に手を突っ込み、汚い皮袋を引っ張り出し、その中から更に汚い布切れを取り出す。

 そこから漂ってくる刺激臭に、彼女はようやく呪縛を解かれたように動きだした。

 だがそれより一歩早く、男が彼女に襲い掛かった。

 口元に取り出した布を押し付け、その刺激臭に吐き気を覚える。

 悲鳴を上げようともがくが、全身の力が急速に抜けて行き、それも叶わない。

 やがて意識すら保っている事も出来ず、レティーナは闇の中に沈んでいったのだった。


「さて、『棺桶』の予備はあったかな?」


 男は羽織っていたマントで彼女を包み、そのまま路地の奥に姿を消したのだった。



  ◇◆◇◆◇



 俺は木材を運んでいた馬車を追って、門のそばまでやってきた。

 木材を運んでいた馬車はそのまま人気のない貯木所にやってきて、停車していた。


 だがおかしい。

 本来運び込まれた材木は即座に馬車から運び出されるはずなのに、誰も馬車に駆け寄らない。

 木材は通常使われる物よりも遥かに太い。そう言う木材を使わない訳ではない。

 大きな屋敷はもちろん、木像を作るにも使われる事はある。

 だからそんな木材を運び込んだ事自体は問題ないのだ。


 それなのに、荷下ろしをする気配がない。


 馬車を動かしていた男が離れたのを見計らって、俺は馬車に近付いて行った。

 ざっと馬車を調べてはみたが、馬車本体には怪しい所はなかった。

 だが積み荷の木材に少し違和感を感じた。


 良く調べてみると、木材は全て中央部に切り込みのような物が刻まれていて――いや、これは二つの木材をくっ付けているのか?

 俺は中を見るために隙間をこじ開けようと頑張っては見たが……


「ふんっぬぬぬうううぅぅぅぅ!」


 うん。まぁ、知ってた。

 この貧弱極まりない俺の腕力で、通常よりも一回り以上大きな材木を持ち上げれるはずもなかった。

 仕方ないのでコンコンと表面を叩いてみると、確かに空洞のような反響音が響く。

 恐らく馬車の振動で木材同士がぶつかり合い、それがこの反響音を響かせていたのだ。

 音に鋭いエルフのフィニアは、その音を聞き逃さず、違和感を覚えたと言う訳だ。


「うーん……?」


 中が空洞だと言う事は、それなりに理由がある。

 中に何かを詰めるか、重量を軽減させるためか。とにかく、今の俺にそれを確かめるすべはない。


 取りあえず中を調べられない事は仕方ない。そんな怪しい木材を運んでいた連中を調べるため、男が立ち去った方向……詰所のあった方角に向かう。

 男は既に貯木所の隅にある詰所に入っており、その入り口は閉じられている。

 

 仕方ないので裏に回り、開いている窓から中を窺う。

 夏場の作業の事も考えて、こういう詰所には窓の設置が必須になっていた。

 と言っても、高価な板ガラスで区切られたものではなく、木板の倒し窓だ。

 まだ春先の肌寒さが残る季節なので、倒し窓は閉められている。

 しかし中の音を聞き取る隙間を開く程度ならば、音も立てずに開く事ができるだろう。


「よう、荷物の様子はどうだ?」

「問題ないぜ。薬でぐっすりってヤツだ」

「早く棺桶を運び出さねぇと衰弱死しちまうけどなぁ」

「構やしねぇ。どうせエルフだ」

「ハッ、エルフってもガキばっかりじゃねぇか。世の中には変態趣味の連中もいるもんだぜ」

「使い道は色々あるんだろうよ。生贄とかよ」


 中から聞こえてきた言葉に、俺は背筋に冷や水を浴びせられた気分になった。

 詳細はわからないが、『荷物』という言葉と『ぐっすり』という言葉は明らかに生物を指している。

 『棺桶』と言うのは、おそらく中をくり抜いて偽装したあの大木の事だろう。

 しかも後のセリフから、それはエルフと推測できた。それも子供だ。


 そして続いた『使い道』や『生贄』という言葉。

 そこから導き出される結論。


「コイツら……人さらいか。それもエルフ専門の」


 声が響かないように、口の中だけで呟く。

 すぐにでもこのことを通報しないと……そう考えた俺の行動を、中から聞こえてきた声が遮った。


「そろそろ閉門時間だ。一休みしたら、さっさと運び出そうぜ」

「奴隷商人どもも、外で待ちくたびれているだろうしな」


 世界では、奴隷と言う存在は基本的に認められていない。

 だがその労働力は必要不可欠とされ、取り扱う奴隷商は今もひっそりと活動している。

 その商談はあまりにもグレーゾーンというか真っ黒なので、街中に入らず、外で取引する事も多いそうだ。

 今回の事件も、そういう手段を取っていると思われる。


 門が閉まる直前に街を出るのは、門番のチェックが甘くなるタイミングだからだろう。

 この時間、門番も疲労でチェックが雑になる。恐らく、時間はもうない。


「くっそ、見捨てる訳にも行かないじゃないか――」


 ここでこいつらを見逃したら、街の外に逃げられて奴隷商に渡され、足取りを見失うだろう。

 エルフの子供が攫われそうになっているのに、勇者を目標とする俺が、それを見逃す訳にはいかなかったのだ。

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