第36話 妨害工作

 取りあえず馬車の停めてある場所まで戻ってきて、俺は頭を悩ませた。

 本来ならば衛士に知らせ、捕縛してもらう。もしくはコルティナかマクスウェルに知らせれば、問題なく討伐してもらえるだろう。


 だが、その時間的余裕はなさそうだ。

 奴等は閉門間際に街を出ると言っていた。閉門時間まではあとわずかしかない。

 こっそり助け出すにしても、俺の腕力では『棺桶』を開ける事ができない。

 自力で助け出す事は不可能に近いだろう。


 では俺が奴らを倒す?

 それもかなり難しい。連中は三人いた。一人なら不意を突けば倒せなくもないだろうが、今の俺の身体能力では、それ以上はかなり難しい。


「なら、出来る事は一つか……」


 奴等が日暮れに街を出るのは、門番の監視の目が緩む時間帯だから。

 つまり連中は衛士を抱き込むほどの事はしていない。

 ならば監視の目が厳しくなれば、連中は出発を躊躇ためらうはずだ。

 そして門さえ閉まってしまえば、翌朝までは街を出れないため、コルティナに報告する時間的余裕ができる。


「馬車を壊す。そうすれば、時間を稼げる」


 これだけの大木――中はくり抜いてあるが――それでも重量はかなりあるはず。

 今積んである馬車が壊れれば、別の馬車に積み替えを行う必要があり、それを三人でするとなれば閉門時間に間に合わなくなる。

 そして翌朝になれば、朝から商人がひっきりなしに出入りするので、その時間を避けるはずだ。

 つまり今さえしのげば、明日の夕方まで時間を稼げる。


 無論、馬車を乗っ取ってこの場を離れれば、楽に事を収める事ができるのだが、実は俺は馬車の操作ができない。

 馬に乗る程度なら出来るのだが、二頭立ての荷馬車となると、まったく自信がなかった。

 それに馬車を奪うだけでは男達が逃げてしまう。


 俺は周囲を見回し、そこで放置されたままの吊切鉈つるきりなたを発見した。

 別名、鰻鉈とも呼ばれる、先端がL字に曲がった刃物である。

 恐らくは正規の業務を行う上で必要な道具だ。これで固定してるロープを切ったり、木材に引っ掛けて引っ張ったりするのだろう。


「これしかないか。せめてカタナを持ってきてたらな――」


 元々はマクスウェルの所に訪れるだけの予定だったので、武装はしていなかった。

 だがこれでも妨害は可能だ。まず『棺桶』を固定しているロープを切るだけでも、固定し直すだけで時間がかかる。


 しかし、それだけでは不足だ。もっと時間をかけるダメージを与えないといけない。

 そこで俺は馬車の下に潜り込み、車軸を固定する金具を外しにかかった。

 車軸が外れれば、長く走れず、目に見えて故障が判明する。

 すぐにでも乗せ換え作業に入る必要があり、時間を大きく稼げるはず。


 吊切鉈の先端を金具に引っ掛け、抉る様にして引き剥がしにかかる。

 力無い俺ではあるが、L字に曲がった先端はテコの原理を利用でき、時間はかかったが一つを外す事に成功した。

 車軸を固定する片方が外れたのなら、数メートルも走る事ができないはずだ。


 そして俺は馬車から這い出し――そこで詰所から出てきた男共と目を合わせてしまった。

 どうやら俺が思っている以上に、時間をかけてしまったようだ。いや、隠密のギフトを発動させていなかった俺のミスか。

 長らく密偵と言う実戦から遠ざかっているせいで、かなりなまっていたらしい。


「なんだ、このガキ!」

「おっ、わ、わたしは……その――」


 俺がうまい言い訳を模索している短い時間に、男達は別の判断を下したようだ。


「まぁ待て。イタズラするつもりだったのかは知らねぇが、コイツぁいいカモが迷い込んできたってモンだろ?」

「あ?」

「よく見ろよ。ちぃっと薄汚れてはいるが、上玉じゃねぇか」

「あん……? 確かに色違いの目は金になりそうだな」


 今の俺は、旅装の埃を落としただけの、短めのスカートと腿までのハイソックスで足を守っている。

 馬車の下に潜り込んで作業したせいで、頑丈な木綿のシャツも、青銀の髪も土で汚れていた。

 だが赤碧の色違いの瞳や、その優美な顔の造作は見て取れる。

 それを見てこの人攫い共は、俺も拉致する事を決断したようだった。


「ほら、大人しくしたら痛い目には――」

「おっさん、決断早ぇな!」


 男の言葉を最後まで聞かず、俺は手にした吊切鉈で斬りかかった。

 ただの剣ならばそれほどダメージを与えられないかも知れないが、L字に曲がった先端を当てれば、それなりの手傷を追わせる事ができるはずだ。


「うおっ!?」


 だが男は腰を引かせるどころか、前に一歩踏み出してその斬撃を防ぐ。

 反射的に前に出るだけ、この男は手強いと感じられた。

 別の男も、いきなり俺が斬りかかるとは思っていなかったのか、慌てて腰に下げた剣を引き抜いた。

 男の一人に到っては、咄嗟とっさに詰所に駆け込んだくらいだ。


「このガキ、大人しくしろ!」

「いきなり斬りかかるとか、なに考えてやがる!?」

「お前らが言うな、この人攫いが!」


 まさかコイツ等にツッコミを入れられるとは思わず、俺は反射的に言い返してしまった。

 だがそれとは別に、状況は最悪である。

 一人が詰所に引いたとはいえ、二人の男に囲まれているのだ。


 さっきの反論で、俺が奴等を人攫いと見抜いている事はバレただろう。

 ならばここはどうにかコイツ等を追い払わないと、即座に逃げだして――いや、それは不可能か。

 ならば俺が何とか逃げ切れば、少なくとも攫われたエルフは確保できるはずだ。


「だれかあああぁぁぁぁぁぁぁ! 人攫いでぇぇぇぇぇぇす!」


 俺は男達を追い払うべく、大声で助けを呼んだ。

 これで男共が怖気付いて逃げ出せばよし。そうでなくとも人が集まれば、コイツ等にとっても状況は悪化するはず。

 だが俺のその目論見は、あっさりと瓦解する事になる。


 大声で叫んだわりには、周囲の反応が薄い。

 男達も、ニヤニヤとした笑いを浮かべ、余裕の表情をしていた。

 状況をいぶかしむ俺に、男の一人が得意げに状況を語り始める。


「残念だったな。俺達の仕事をなんだと思ってやがる? 人目につかない場所に、防音サイレンスの魔導具。こういう場所だからあっさりと設備を配備できたぜ」


 そこで俺は、コイツ等の余裕の理由を悟った。

 先ほどの俺の声は、全く外に届いていなかったのだ。 


 ここがわざわざ門から外れた奥まった位置にあるのも、貯木所を選んだのも、コイツ等の想定通りだった。

 街中で木材を加工するなら、騒音問題と言う課題が出てくる。

 だからこそ、魔導具という自動で魔法を発動させるマジックアイテムを用意するのは、自然な成り行きだったはずだ。

 一般人が購入すれば怪しまれるサイレンスの魔道具も、鍛冶や加工場であるここなんかだと、特に怪しまれる事なく設置できる。


 つまり外部からの助けは期待できないという訳だ。

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