第258話 シトリ近郊
マクスウェルの
今回はシトリの町ではなく、そこから沖合に出た場所にある、マクスウェル所有の小島が目的地だ。
通常ならシトリの町で物資を補給してから移動するのだが、今回は首都から直接飛んできているので、その必要はない。
「ここがシトリの町の近くじゃな。あそこがシトリ、目的地は……ほれ、あそこに見える小島じゃ」
町の遠景からツアーガイドよろしく地形を説明してくれるマクスウェル。
俺もこの町には初めて来るので、なかなかに興味深い。
「あれが海ですの? なんだか空気がしょっぱいような生臭いような、変な感じですわね」
「それは潮の香りじゃな。ラウムに住むレティーナ嬢には嗅ぎなれん香りじゃろう」
「そうですわね。ですが、きつい香りなのに、なぜか不快ではありませんわ」
アレクマール剣王国にも港町はあったので、俺は海を見たことがある。
だが内陸部に籠りっぱなしだったレティーナにとっては、初めて見る海だ。その感動もひとしおだろう。
「お魚がいっぱいいるんですよね! 美味しいのいますか?」
「フォッフォ、そりゃもちろん! 川魚とはまた違った味わいがあって、おすすめじゃぞ。じゃが、まずは合宿所に行かねばならんな」
「ミシェルちゃん、合宿ではそもそも、お魚も自分で取らないといけないんだよ?」
「あ、そうだった!」
ブレないミシェルちゃんは早速食欲を総動員していた。
それに合宿後半は山にも行く予定だ。魚だけが目的ではない。
そして一人沈黙しているクラウドは……いや、もう一人いたか。フィニアとクラウドは……転移酔いを起こしていた。
「うえぇぇぇ、視界がぐにゅって曲がって気持ち悪ぃ……」
「に、ニコル様、地面が揺れてます。地震でしょうか?」
「フィニア、それは自分が揺れてるんだよ?」
「ははは、まさか。私は直立してますよ?」
びしりと気を付けの姿勢をとるフィニアだが、まるで止まりかけの独楽のようにグネグネと揺れていた。
これも慣れればどうということのない現象だし、平気な者は全く影響を受けないのだが、初めて転移を経験したこの二人には、少しばかりキツかったらしい。
「マクスウェル、この二人は休息が必要だから、少しお休み」
「その様じゃの。だが、どうせここに来たのはシトリの遠景を見せるためじゃったから、もう一回飛んでから休んだほうがよくないか?」
「そういえば、目的地はマクスウェルが所有する島なんだから、直接飛ぶことができたんだっけ」
「そうじゃ。しかし、せっかくの合宿、目的地まで飛んでそれでおしまいでは味気なかろう? じゃから一度ここに飛んで、旅行気分を味合わせてやろうと思ったんじゃが……逆効果だったか」
「なるほど、一応気は使ってたんだ」
マクスウェルの言う通り、いきなり合宿所に直行し、そこで鍛錬した後は首都まで直通で帰還となれば、旅行気分など味わう余裕はない。
首都に籠りがちなフィニアや、侯爵令嬢のレティーナはこの先この町を訪れる機会があるかどうかも怪しい。
そのため、少しでも景観の良い場所を経由することで、旅行の気分を味合わせようという考えなのだろう。
それにしても、マクスウェルは何かとレティーナを気にかけてるような……?
「ま、いっか。フィニア、クラウド。もう一回飛ぶけど大丈夫?」
「もちろんです。まかせてください」
「お、おう。俺も何とか……」
グネグネ揺れながら胸を張るフィニアと、不安げなクラウドが了承の意を返す。
その様子を見て、マクスウェルは『これはダメだ』と溜息を吐いた。
「無理な様じゃな。まあ、見物ついでに一休みするとよい。遠くの景色を見ると酔いが早く治るとも聞くしの」
「申し訳ありません……早速足を引っ張ってしまいました」
「こればっかりは体質の問題だから、どうしようもないよ。それに足を引っ張ったわけでもないし」
しょんぼりと肩を落とすフィニアに、俺は慰めの声をかけた。
そもそも朝一番で出発したので、まだ昼にもなっていない。ここで小一時間休息をとっても、何ら支障はないのだ。
「ほら、ママが淹れてくれたお茶でも飲んで。そこに腰かけて」
水筒に入ったお茶を取り出し、いそいそと世話を焼く俺に、フィニアは諾々と従っていた。
その仕草は年齢不相応に愛らしい。まるで妹でもできたような気分だ。いつもは世話を焼かれる側なので、新鮮な気分だ。
フィニアもそんな俺を見て、クスリと笑みを漏らす。
「ニコル様、私でお姉ちゃんの予行演習ですか? まだ少し早いですよ」
「そんなことないし。わたしはしっかりしてるから、いつもどおりだし」
微笑ましいものを見たという表情のフィニアに、俺は不本意と言わんばかりに頬を膨らませる。
その間、クラウドはミシェルちゃんに水筒のお茶を振舞ってもらっている。
この二人は先のマテウスの一件以来、どうもミシェルちゃんが過保護になってきている気がする。まあ、お姉さん風を吹かせるミシェルちゃんが可愛いので、ここは見逃してやろう。
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