第259話 初冬の海水浴
マクスウェルの話では、この離れ小島は無人島で、一応宿泊用のコテージがあるらしいが、管理人が月に一回掃除に訪れる程度でほとんど手入れはされていないらしい。
もちろん食料などの備蓄もあるはずもない。裏には井戸があるので水には困らないらしいが、夜までに準備しなければならないことは多い。
近くには砂浜もあるので海水浴もできなくはないが、その暇があるかどうか。
「というわけで、ここがワシの別荘じゃ。一応掃除はしてもらっておるがほとんど放置しっぱなしなので、やることは多いぞ」
「少し埃っぽいかもー?」
「これは掃除が必要ですわね」
「じゃあ、俺は寝床を整えておくよ」
「食材は……ないのでしたね。なら今夜は持ってきた食材でやりくりしましょう」
浜辺から少し離れた場所にあるコテージに案内されると、中を一瞥するや否や、各々が勝手に動き出した。
ミシェルちゃんとレティーナは、一か月分の埃を叩き落すための掃除を。
クラウドは夜に備えて寝具を日光に当て、フィニアは持ってきた食材の下準備に入っている。
昼は弁当を用意してきているので手間はかからないが、それ以外は保存食ばかりだ。普通の食事に使うためには、ひと手間必要になる。
早速裏の井戸へ水を汲みに行った女性陣三人と、各部屋の寝具を運び出すクラウドを見て、マクスウェルは感心したように呻き声を漏らした。
「なかなかによく動く子らじゃの。教育したものではないか、レイド」
「人目があるんだから、ニコルと呼べ。みんな元の気性がいいから、向上心を持ってくれてるよ」
「で、お主は何をするんじゃ?」
「む……?」
いわれてみれば、俺とマクスウェルだけが行動していない。しかしそれは、俺は他にやることがあるからだ。
まず俺は空いている椅子に腰かけ、肩掛けカバンの中から一枚のメモを取り出す。
視線を下げた拍子に、斜めに掛けた肩紐がうっすらと胸を強調しているのが、目に入る。俺の意向を無視して、胸囲は順調に育ってきているらしい。
それはともかく。
「破戒神の
「それなら知っておる。夜中になると海面を漂う海藻っぽいモンスターじゃ」
「モンスターなのかよ!?」
「夜のうちに船などに近づいて船底にへばりつくんじゃよ。そして木材を溶かして食べて、船底に穴をあけるんじゃ」
「迷惑な……」
その木材を溶かすために使うのが表面を覆う粘液らしい。
これを表皮ごと削り取り、適度に薄めて洗髪剤に使うと、肌に優しい洗剤になるらしい。小さな粉末がそれぞれぬめりを帯び、毛穴まで優しく洗い上げてくれるのだとか。
しかもそのぬめりが保湿成分の役割も持ち、髪質が良くなるらしい。
「出没するのが夜限定じゃから、昼間は見つからんじゃろうなぁ」
「じゃあ、今日のところは別荘の清掃と宿泊準備、夜に飯を食って、それから採取に出かけるとしよう」
「無難なとこじゃな」
「夜に海に行くの?」
パタパタ動き回るミシェルちゃんが、俺たちの会話を聞きつけたらしい。
基本的に俺たちは夜間の行動はほとんどしたことがない。もちろん俺は経験豊富だが、まだ子供のミシェルちゃんやレティーナは、夜間の外出は両親も心配する。
クラウドだって、孤児院のシスターが心配してしまうので、特訓以外は夜の冒険を控えていた。
つまり、彼女たちは夜の冒険というのは初体験である。
「そーだよ。目当てのモンスターが夜にしか出てこないんだって」
「へー、夜の海に冒険に行くのかぁ。なんか楽しみだね!」
「うん、たのしみだね」
主にフィニアとミシェルちゃんの水着姿が。
今回海のモンスターを倒す必要があるということで、それぞれが水着を用意している。
レティーナの水着は学院の授業でよく見ているが、スケジュールの違うミシェルちゃんや、そもそも外に出ないフィニアの水着姿というのはめったにお目にかかれない。
今回はその貴重な機会に恵まれたわけで、俺の期待度も天井知らずに盛り上がっていたりした。
もっともそれを堪能するには、いささか時季外れではある。
「はやく掃除を済ませて、それからお昼食べて、一回海の様子を見に行ってから夕方まで寝て、夕ご飯を食べてから出発かな?」
ざっと今日のスケジュールを立てる俺に、ミシェルちゃんは両手を上げて喜んでいた。
「あ、じゃあお昼の後は海水浴だね!」
「様子を見に行くだけだからね? それにせいぜい二時間くらいだし」
「それだけあれば充分泳げるよ! よかったね、新しい水着を見せるチャンスだよ」
「誰に? そもそもわたしは学院指定のしか持ってないし」
「え、クラウドくんしかいないじゃない」
「いや、奴は眼中にないから」
そもそもクラウドと仲がいいのは、むしろミシェルちゃんである。
俺はただ、奴に訓練をつけてやっていただけだ。どうもそれを勘違いしている節がある。
「またまたぁ。素直にならないと誰かに取られちゃうよ?」
「どうぞ、ご自由に」
「むぅ、ニコルちゃんは手ごわい」
最近の彼女は、妙に色恋に絡めたがる傾向が見えている。これが思春期という物か。
そうやって手を止めていたミシェルちゃんを、レティーナが一喝する。
「ほら、早く掃除を済ませませんと、埃だらけの中でお昼を食べる羽目になりましてよ」
「うっ、はぁい」
その光景を想像してしまったのか、嫌な顔をしてからミシェルちゃんは掃除に戻っていった。
「……そもそもこの時期に海水浴とか、勘弁してもらいたいんだけど?」
「ラウムは気温が安定しておるから、泳げないことはないんじゃが……まあ、気持ち良くとはいかんじゃろうな」
すでに十一月になっており、気温も下がってきている。
しかし森林に囲まれていたラウムは気温が安定した傾向にあり、冷え込む感覚はあれど、凍えるほどではない。
海水浴もやろうと思えば可能ではある。
「さすがに鳥肌立っちゃうよね?」
「ワシ、まだポックリ逝きたくないんじゃよ」
「どうやって海のモンスター倒すんだよ?」
「水上を歩く魔法とかあるんじゃが……」
「それでいいじゃん?」
水上を歩けるなら、溺れる心配はなくなるし、水の冷たさに悩まされる心配もない。
だがマクスウェルは渋い顔をしたままだった。
「この魔法、個人を含めた装備全体にも効果が及ぶんじゃが……水の中に入れないということは武器も水に入れんということじゃ」
「それ……」
「海中の浮きワカメを攻撃する前に、水に武器が弾かれてしまうということじゃな」
「ダメじゃん!?」
「というわけでおとなしく、水中で呼吸できるようになる魔法を使うようにしよう。教えてやるから頑張るんじゃぞ」
「使うのは俺か。それに、結局泳ぐ羽目になるのか……」
そうなると、一度泳げるかどうか試しておく必要がある。
ミシェルちゃんもレティーナも、むろんクラウドも泳ぐことは可能だが、この水温で泳げるかどうかは別問題だ。
さらに初めて経験する海というのもある。ぶっつけ本番で海に出るより、一度試しておく必要性はあるようだった。
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