第257話 合宿へ出発

 そんな調子で三日後。

 俺とレティーナはめでたく休暇中の課題を終わらせ、合宿に出発する日となった。

 さすがに身重のマリアはついてくることができず、コルティナの家で留守番をすることになっていた。

 三か国連合王国の村ではないのは、辺境だから優れた医者がいないからだ。


 治療役のマリアが出産するということは、万が一に備える医者はマリア以外を用意せねばならない。

 だがマリアがいるということで、あの村には腕のいい医者や治癒術師が来なかった。

 それではマリアに万が一があった場合、対応することができないということで、人材豊富なラウムの首都で出産を迎えるという運びになったのである。


 村の方も心配ではあるが、そこはマクスウェルがライエルを連れて毎日様子を見に行っているので、心配はない……らしい。

 そのついでに、ミシェルちゃんや俺も村に戻ってみたりもした。ミシェルちゃんは少し里心がついていたので、丁度よかった。

 村の人は久しぶりに戻った俺たちを見ると、遠巻きに、だが決して視線を外すことなく注目していた。

 まるで部外者が村に入り込んだかのような感覚に、俺は少し戸惑ったものだ。

 ミシェルちゃんに言わせると、『それは違う。ぜんぜん違う』ということらしいが、詳しくは教えてくれなかった。


 ともかく出発の日。

 せっかく一緒に暮らせることになったというのに、再び他所へ行ってしまう俺に、号泣するむさくるしい男が一人。


「ニコルうぅぅぅ、またパパを置いて行ってしまうのかい!」

「合宿だから数日で戻ってくるよ?」

「もうすぐ出産を迎えるママを置いていくなんて、薄情じゃないか!」

「そのためにパパがいるんでしょ! コルティナも一緒だし、それに屋敷にはガドルスもいるし」

「あのヒゲは出産には何の役にも立たん」

「酷い言われようだな」

「それはそうかもだけど……わたしが残ってても一緒じゃない」

「パパの心が癒される」

「ニコルもちょっとは擁護せい」

「もう少ししたらもう一人生まれるから、それまで我慢しなさい」


 俺は仁王立ちになって、どうにも情けないことを述べてくるライエルを冷たく突き放しておく。

 背後でガドルスがぶつぶつ口をはさんできているが、気にしないでおこう。

 それに、どうせ妹が生まれたら、俺どころではなくなるのは目に見えている。

 それにライエルの癒しをやるよりも、妹の贈り物の方が、何倍も重要案件だ。


「それより、海は危ないから本当に注意しなさいね。川の遊水池と違って流れが複雑だし」


 ライエルをあしらう俺に、実務的な注意を促したのは、すでに臨月に近いお腹を手で支えて立つマリアだった。

 その後ろには心配気な顔のコルティナも立っている。


「申し訳ありません、マリア様。このような大事な時期に家を離れてしまって」

「気にしないで、フィニア。あなたの休暇代わりと思えば、安いものよ」

「いえ、合宿なのですが」

「女の子が剣の修行というのも……まあ、ニコルと同じで変わった趣味よね?」

「いえ、趣味じゃないんですが」


 今回の合宿は、マクスウェルが半ば強行した面もあるため、忙しい時期に家を離れることになったフィニアは恐縮しきりである。

 だが今回だけはフィニアには、ぜひともついてきてもらわねばならない。料理に関してはマクスウェルの『年の功』は全くあてにならない。

 他の三人も期待できない以上、フィニアの生活力は必須なのだ。


「こちらはこちらで、料理する人間が必要になるからのぅ」

「マクスウェル、無理させちゃダメよ? それから寝る前にはきちんと傷を治してあげること」

「わかっておる」

「そのおかげで手が全然固くなりません……」

「いいことじゃない。マクスウェル、わかってるわね? ニコルちゃんとフィニアちゃんに傷一つでも残したら承知しないわよ」

「くどいぞ、コルティナ」


 マリアとコルティナに挟まれるようにして注意を与えられているマクスウェルは、珍しく辟易した様子だった。

 やはり俺たち六英雄の中では、女性陣が圧倒的に強い。だからこそ、バランスよく動けていたのかもしれない。


「どうせここに残っても役に立たんのだし、ワシも一緒に行ってもいいのだが?」

「ガドルスは残っててくれ。ライエルはいざという時に役に立たなさそうじゃ」

「嫁の出産は二度目じゃというのに、学ばん奴じゃのぅ」

「最初がニコルだったからこそ心配が先に来とるんじゃろ。次の子も虚弱なのではないかとな」

「その節はたいへん申し訳なく」


 ガドルスとマクスウェルの会話が、なぜか俺に向かって流れ矢をかっ飛ばしてくる。

 だが俺がライエルたちに心配をかけたのは事実なので、言い訳のしようがない。


「それではそろそろ出発するぞ。全員用意は済んでおるな? まあ、済んでなくても戻ってこれるんじゃが」

「さすがマクスウェル様ですわ」

「それじゃ合宿にならないんじゃ……」

「おじーちゃん、すごーい」


 尊敬の視線を送るレティーナとミシェルちゃん。対照的に呆れた顔をするクラウド。

 そして、残念ながら、俺もクラウドと同意見である。


「簡単に戻ったら合宿にならないでしょ。ここは一回でも帰還したら、合宿失敗って設定しよう」

「ニコルは自分に厳しすぎやせんかの?」

「ドワーフ的には実に正しい判断だと思うがな」

「もういっそ、行くのを取りやめてしまえば――」

「アナタ、往生際が悪いですよ」


 今回の目的地は、西方の港町シトリ。その沖合にあるマクスウェル所有の無人の小島である。

 一応宿泊施設として、コテージのようなものは存在しているが、町中のような便利な店などは存在しない。

 半分サバイバルのような状況になるはずだ。それを不便だからとラウムまで戻っていては、何の修行にもならない。


 便利な魔法に慣れた俺たちを気分を締めなおすには、丁度いいだろう。

 ついでに贈り物の素材も手に入るのだから、一石二鳥である。


 こうして俺たちは、マクスウェルの魔法で港町シトリへと旅立ったのであった。

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