第256話 みんなで宿題

 破戒神の入れ知恵で西方の港町に合宿に出ることになった。

 参加者は俺とミシェルちゃん、レティーナ、クラウドの四人にフィニアと引率のマクスウェルの六人である。

 最初はコルティナも行きたがっていたのだが、身重のマリアがコルティナ宅で出産を迎えるに当たって、女手がないのは困るということで、留守番になったのだ。


 長期休暇までのおよそ三週間は、合宿の準備に奔走し、瞬く間にその時期がやってきた。

 俺たちは冬季の長期休暇に入るや否や、コルティナの監視下で課題の片付けをやらされていた。

 合宿に出るならば、それまでに課題を終わらせておくことが条件になったからだ。


 いわれてみれば当然の話ではあるが、正直言って面倒くさい。

 課題の内容自体はそれほど難解ではないのだが、その量が多すぎるのだ。

 およそ半月分の課題を、出発までの三日でやろうというのだから、そりゃ負担が大きい。

 俺とレティーナはひーひー言いながら、課題を仕上げていった。

 ミシェルちゃんの場合は、実践本位の冒険者支援学園ということもあって、出された課題は少なめで、あっさりと終了させている。

 学校系に行っていないクラウドに至っては、フィニアと一緒に談笑しているありさまだ。


「この、この!」

「いたっ! なんだよ、蹴るなよ」

「苦労しているわたしたちを放置してフィニアとお茶なんて、ゆるせん」

「言いがかりも甚だしい!? コルティナ様、助けてください!」


 テーブルの下で蹴りを飛ばす俺の攻撃に、クラウドが泣きを入れる。

 だがコルティナはそんなクラウドに慈愛溢れる笑顔を向ける。


「クラウドくん。フィニアちゃんに手を出したら『もぐ』からね?」

「なにを!?」

「乙女にそれを言わせる気? もちろんニコルちゃんやレティーナちゃんに手を出しても『もぐ』けど」

「乙女っていう歳じゃ……いや、なんでも。ミシェルはいいのか?」


 うっかり口を滑らせ掛けたクラウドは、生命の危機を感じ取ったのか、唐突に話題を変更した。

 その内容に、コルティナも困ったような表情を浮かべている。


「ミシェルちゃんは立場上、面倒が少なそうだから……でも、ニコルちゃんの怒りに触れてもいいなら試してみれば?」

「できるわけねぇ!」


 実際、英雄の娘である俺や、ラウムの侯爵令嬢であるレティーナに手を出せば、孤児のクラウドは面倒に巻き込まれること請け合いである。

 フィニアも、ライエルとマリアの使用人という立場を持っているため、クラウドが手を出せばそっち方面の怒りを買いかねない。

 その点、ミシェルちゃんはライエルの支援を受けているとは言え、立場上は一介の猟師の娘である。

 手の出しやすさという点では、ダントツで気安い。


「もちろん、それをさせないためのわたしです」

「自慢げに言うなよ。さっさと課題しろよ」

「クラウドのくせに生意気な」

「はいはい、でもクラウドくんの言うことも一理あるわよ。ニコルちゃん全然進んでないわよ?」

「うっ、がんばる」


 今回の合宿、目的の物は生まれてくる妹の贈り物になる。

 それを思えば量が多いだけの課題なんて、何のことはない。

 この程度、マテウスやギデオンと斬り合ったことを考えれば、実に……じつに……


「……メンドクサイ」

「ニコルちゃん、こういう反復練習って苦手なタイプだっけ?」

「いや、むしろ得意なんだけど、どっちかというと私はアクティブに動く性格だから」


 剣の鍛錬や糸の操作、そういった身体を使う行動に関して言えば、たとえ反復練習と言えど苦にはならない。

 だがひたすら魔法陣の術式を解読し、魔力量を計算し、効果を推測する魔術学院の課題は、俺の性分にはあまり合っていないようだった。

 いやむしろ糸を使って複数の問題を同時に記述するという方法も……!


「無理か、頭の方が追い付かない」

「そう? ニコルちゃんは成績優秀じゃない」

「そりゃ、マクスウェルの直弟子だもの。それに妹が生まれてくるんだから、しっかりしないと」

「あら、弟かもしれないわよ」

「うっ、それは……」


 破戒神がどうやって生まれてくる赤ん坊の性別を知ったのかは謎だが、それはコルティナたちには与り知らぬ情報だ。

 これは俺の願望ということで、ごまかしておこう。


「どうせ生まれるなら妹がいいかなぁって」

「あら、弟も元気でかわいいわよ?」

「元気なのはクラウドだけで充分」

「クラウドくんは弟扱いかぁ。まあ、ライエルの壁も厚いし、望みは薄いわよね」

「クラウドは最近、ミシェルちゃんと仲がいいから、要注意」

「あら、そうなの? それは……いじりがいがあるわね」

「本人を前にして怖いこと言わないでください……」


 俺とコルティナの会話に割り込んでくる、空気の読めない男、クラウド。

 そんなだからお前はモテないのだ。前世の俺なんて見てみろ、空気を読みすぎて誰の会話にも入れなかったんだぞ。

 いや、そのせいで周囲からは『近寄るなオーラ』が出ていると勘違いされていたようだが。


「そうだ、この機会にクラウドくんも魔法習ってみる?」

「え、俺が!?」

「半魔人族は身体能力の高さもさることながら、魔法との相性がいい人が多いの。ま、ごく一部例外的な奴もいるけど。クラウドくんもしかるべき教育を受ければ、魔法が使えるはずよ」

「でも俺、学院に行くお金なんてないし」


 コルティナの言う例外とは、前世の俺のことだ。前の俺は筋力や魔力が低いくせに、敏捷さと特殊能力の緻密さに全振りという感じで、いかにも歪な存在だった。

 クラウドは冒険者として独立するために資金を貯めている。しかし学院に入学できるほどの資金はさすがにない。

 そもそも首都周辺の安全区域で、小物狩りをしている俺たちの貯蓄ペースはそれほど高くない。

 無論、同年代の子供と比べるならば、比較にならない額は稼いでいるが、それでも学院の学費はかなり高い。クラウドにはまだまだ無理があるだろう。


「別に学院じゃなくても魔法は学べるわ。ほら、どうせライエルやガドルスに弟子入りしているんだから、マクスウェルにも弟子入りしても問題ないんじゃない?」

「マクスウェル様に?」

「それは反対!」


 コルティナの提案に、俺は即座に異を唱えた。

 マクスウェルは今、俺の魔法の修行も受け持っている。そこにクラウドまで混じるとなると、知られてはいけない情報を握られる可能性もある。

 基礎的な魔法も知らないクラウドなのだから、コルティナが教えても問題ないはずだ。


「そこはコルティナが教えればいいんじゃない? クラウドはまだ初級魔法も使えないわけだし、マクスウェルに師事してももったいない?」

「む……それも一理あるわね」

「ただし、わたしの監視下で」

「え、なんで?」

「なんでも!」


 たとえクラウドと言えど、コルティナと二人っきりなど許せるものか。

 俺はやや膨れっ面になりながら、そう強弁したのだった。

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