第157話 おれは しょうきに もどった!
結局その日は花畑の見学だの、植物に関する説明会だのを聞く余裕は無く、その足で首都に戻ることになった。
一応、中断扱いなので、もう一度遠足に出る事はあるだろうが、その日程は未定である。
コルティナの自宅に戻ると、フィニアが風呂を沸かして待っていてくれて、食事の準備も整えてくれていた。
すぐにでも汗を流し、食事できるのはありがたい。彼女の気配りには感謝の言葉もなかった。
埃と草の汁と血の滲んだ水にまみれた身体を、暖かい湯で洗い流し、朦朧とした頭のまま食事を済ます。
風呂ではいつものようにコルティナが絡んできたが、俺の身体が本調子でないことを悟ると、あっさりと解放してくれた。
コクコクと舟を漕ぎかけながら食事を済ませ、一目散にベッドに倒れ込む。
遠足で結構な距離を歩いた疲労と、山蛇討伐。さらに崖にぶつかったり、川に落ちて気絶したりと、正直ハードな一日だった。
体力も限界に近く、頭の中に霧がかかったように思考がはっきりとしない。
そんな中で思い出すのは、やはり昼間見た花畑の見事さである。
素晴らしい光景だった。これはもう一度見に行かねばなるまい。そして全身でその中に倒れ込み――
「って、違うだろおぉぉぉぉぉぉ!?」
不意に正気を取り戻し、俺はガバリと跳ね起きた。
そうだ、俺は何を考えていた? 花畑でキャッキャうふふ? 冗談じゃない!
俺が目指すは、あくまで英雄の姿。そこに花畑だのモフモフだのは存在しない。
だと言うのに、最近はなんだ?
カッちゃんを頭に載せてその感触を楽しみ、ハイキング気取りでミシェルちゃん達と狩りに行き、花畑で少女のようにはしゃいで回る。
それは明らかに、俺が目指している姿とは方向性が違う。
「鉄と血に塗れたハードでストイックな世界はどこに行った?」
そうだ、俺は遠足に出る前、自身の腕が鈍っている感覚を受けていた。
トレーニングが足りない訳じゃない。この環境が鋭敏な感覚を鈍らせているのだ。
コルティナに守られ、フィニアに世話を焼かれ、愛らしい友人たちと共に過ごす。
それは決して悪い事ではない。
「だからと言って、彼女達を放置して武者修行に出るとか有り得ないし……」
ミシェルちゃんもレティーナも、クラウドもコルティナも、フィニアも……おまけでマクスウェルも。
俺にとっては大事な人達であることに変わりはない。これを放り出すことなど、できようはずもない。
だがこのままでは、俺の緊張の糸は緩みに緩み切ってしまう。
狩りを繰り返し、実戦を積むことで緊張を維持しようとして来ていたが、最近はその実戦が温く感じている。
「もう少しきわどい戦いが必要なのか……いや、俺って結構きわどい戦いを繰り返してきてるよな?」
今日の山蛇との戦いももちろんだが、体格的に虚弱になったため、人攫いの暗殺者等を相手にしても苦戦している。
この街に来て三年、少なくとも三度は結構な危機に陥っていた。
それなのに、俺の緊張の糸はどんどん緩んでいる。これはいったい、どういう事か……?
「修羅場の質で言うなら、前世のライエル達と組む前くらいの物はあるよな。それなのに腕が鈍っている?」
ベッドの上で座り込んで、腕を組んで首をかしげる。
生まれ変わる前、ライエル達と組む前ならば、今くらいの戦いはしょっちゅうあった。
それを鼻歌交じりで切り抜けてきたからこそ、俺の名は暗殺者でありながら世界に轟いていたのだ。
そして現在、戦いの難易度で言うなら大して変わらない修羅場を、潜り抜けてきている。
それなのに俺の緊張感は緩みつつある。
「……………………わからん」
胡坐をかき、頭をガシガシ掻いて思考をはっきりさせようとする。
実戦の質でないとすれば、やはり俺の内面の問題だろうか?
少なくとも、花畑で歓声を上げるような有様では、目指す姿には到達できない。
「うーん、どうしたものか?」
原因がわからない以上、対策の立てようがない。
むしろ、俺一人の手に負えない状況なのかもしれない。考えてみれば俺は性転換しており、そんな経験を持つ存在なんて、世界で他にいるかどうかわからない。
そこで精神的な変化をどうこう言う相談を受けてくれる存在なんて……
「マクスウェルしかいないじゃないか」
あらゆる魔法を使いこなす英知と、エルフの寿命ですら尽きかねないほどの長寿と経験。
その経験から来る知識と知恵に期待するしか、俺に手段はない。
あの爺さんは今の俺をからかって遊んでいる風はあるが、一応真面目に相談に乗ってくれる……事もある。多分。
今のところ、唯一の理解者なわけだし、ここは頼るしかないだろう。
そうと決まれば、明日にでも相談に行くべきだ。
幸い、今日は遠足だったので明日は代休となっている。朝一で押しかけて、じっくり話を聞くとしよう。
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