第156話 功績の行方

 コルティナに説教されながら生徒の所に戻った俺たちは、予想外な事にあまりお咎め無しで整列することになった。

 どうやらコルティナは、自分が説教する場面を意図的に見せる事で、他の教師に口出しさせる事を避けたようだ。

 六英雄のコルティナが叱って解放した相手を、さらに説教するほど肝の据わった教師はいない。


 生徒たちは転移所の近くの広場に集められていて、そこには一般人も混じっていた。

 山蛇の脅威となると、完全に安全な場所というのは数が少ない。そこで真っ先にラウムの騎士団が駆けつけるであろう、この場所を目指して避難してきた者達だ。

 近隣の村人数十人と魔術学院と支援学園の生徒達、およそ三百人。

 結構な広さのある広場だが、これだけの人数が一堂に会すと、狭苦しさを感じるほど圧迫感がある。


 そうして俺たちが三人並んで待機していると、プリシラが俺のそばまでやってきた。

 どうやらコルティナに頼まれて、様子を見に来たらしい。


「で、どうなりました?」

「どうとは?」

「山蛇ですよ! コルティナ先生の作戦に便乗して、討伐に向かったんでしょう? いくらニコル様でもさすがに難しい相手のはず」

「あー……」


 確かに俺単独では難しい相手だっただろう。

 だが、今回に限っては、ミシェルちゃんと言う超火力が存在している。

 しかもレティーナにカッちゃんと言うサポート要員まで確保済みだ。ここにコルティナの策が入って失敗する訳がない。


「倒したよ?」

「ですよねー。いくらニコル様でも今回ばかりは……ってえぇぇぇ!?」

「倒した」


 どうも聞き逃したようなので、もう一度宣告してやる。

 のけぞって驚愕を示すプリシラは、信じられないものを見る目をしていた。


「あの、冗談ですよね? 十歳児が三人だけで山蛇討伐なんて……」

「三人じゃない、カッちゃんもいた」

「いや、カーバンクルを戦力に数えられましても?」


 俺は取った戦術をプリシラに説明していく。ついでにその戦果も報告しておいた。

 彼女は俺たちの作戦を聞き、顔を青ざめさせていく。


「まず山蛇から逃げ切る事がありえませんって……無茶は控えてくださいよ。ニコル様に何かあったら私がエリオット様に叱られるんですから」

「わたしは小回りが利くからね。森の中なら負けないし」


 実際、糸を飛ばす先の多い森の中は、あの首都の貯木場と環境が似ている。

 ここで高速機動するのは、俺にとって手慣れたモノだ。

 その状態から渓谷に入れば、即封じ込め作戦が発動する。逃げ切れる算段は充分にあった。


「それに崖を崩すほどの火球ファイアボールを十歳児が――」

「レティーナは侯爵令嬢で、英才教育を受けている。それに崖も風化してて、崩れやすくなってた。あれは、過去に結構な衝撃を受けた事があるんじゃないかな?」

「何百年か前にジャイアントゾンビが出たという与太話は聞いたことがありますけど、その程度ですよ?」

「それ、本当だったのかもね」


 如何にレティーナと言えど、崖を一撃で崩せるほどの魔術は放てないはず。

 あれは風化以前に衝撃を受けていた可能性がある。おそらくこの領を拓いた英雄の話は実話だったのだろう。そういう面では、今回は幸運も味方していた。


「それに例え抑え込めたとしても、山蛇にとどめを刺せるだなんて……」

「ミシェルちゃんは神器級の大弓を持っているし、それを使いこなせる技量がある。聞いた事あるでしょ?」

「それは、まあ……英雄の村に優秀な猟師が誕生したという話程度でしたが」

「それが彼女。実力のほどは……まあ、死骸を確認してくればいいんじゃないかな?」


 あの崖下には頭部を粉砕された山蛇の死骸がまだ残っているはずだ。

 山蛇の死骸は大量の食肉に加工できるため、しばらく食事には困らないだろう。

 しかも強靭な皮と、頑丈な骨も残されているので、これを処分すれば結構な額になるはず。ケビン領にとっては美味しい臨時収入になっただろう。

 何せ今回は、大した被害が出ていないのだから。


「崖下ですね。コルティナ様に許可をもらったら、すぐ確認しに行ってきます」


 コルティナも、彼女の行動に関しては意外とフリーにさせている所がある。

 それだけラグラン家の意向が強いという証明だ。

 それに彼女ならば、俺に匹敵するほどの身体能力を持っている。いや、正確には強化した俺だが。


 プリシラはすぐさまコルティナとエリオットに話を通し、避難先から離れていった。

 この後の予定では、派遣された軍隊の邪魔にならないよう、さらに村から離れた場所に移動する予定だったが、プリシラからもたらされた情報を聞き、一時待機と言う事になったようだ。

 プリシラと入れ違うように、コルティナとエリオットがやってくる。


「ニコルさん、話を聞いたけど、山蛇を退治したって本当ですか?」

「うん、ミシェルちゃんが」


 切羽詰まったような表情のエリオットに、俺は何の気負いもなく答えた。

 それを聞いてエリオットが頭を抱える。


「本当に……なんていう子供達だ」

「どうしたの?」

「ああ、麗しの姫君、あなたには宮廷の醜さには触れないでいてもらいたいのだが……」


 そう言ってエリオットが話してくれたことは、俺にとってもいい話ではなかった。

 ミシェルちゃんの噂は三ヵ国連合の宮廷にまで届いていた。

 無論、彼女を軍に迎え入れようという動きはあったし、エリオットの身を護る親衛隊にと言う声もあった。

 それ等を一切合切封殺したのが、ライエルの権威である。


 俺と仲が良いため、俺の護衛も兼ねているという風に宮廷に申し出て、ミシェルちゃんの自由を勝ち取っていたのだ。

 これはつまり、ミシェルちゃんは俺の物であり、それを横から手を出すと、ライエルの意向にすら背くことになる。

 そんな危険を冒すわけにはいかないため、今までは彼女の自由は確保されていたらしい。


 だがここで、山蛇を仕留めるほどの功績を上げてしまった。

 わずか十歳児が、だ。


 無論様々な要因や有利な点、コルティナの策なども嵌ったうえでの勝利だが、これは看過できない戦果でもある。

 今後、ミシェルちゃんの獲得に動く貴族は増えるかもしれない。

 そうエリオットは説明してくれた。


「それは……気分良くないね」

「私も貴方の親友を引き離すつもりはないのですが……」

「そうね。確かにこの功績は大きすぎる……悪いけど、ニコルちゃん。今回の功は譲ってもらえないかしら?」

「譲る?」


 コルティナは少し考えた後、そう切り出してきた。

 その顔には珍しく、真剣な表情が浮かんでいる。


「ええ、このままだとミシェルちゃんは権力争いに巻き込まれてしまう可能性がある。そこで、今回は私の策をプリシラが実行したことにして、彼女の功績にしておくの」

「ふむ……?」


 そうすれば、ミシェルちゃんの功績は人に知られる事がなくなり、今まで通りに過ごす事ができる。

 逆にコルティナとプリシラは災獣討伐の功績で注目されるだろうが、そこは元英雄と現隠密。言い訳はどうとでもなる。

 俺としてもあまり派手な事にはしたくなかったので、これには同意しておく事にした。

 後でミシェルちゃんとレティーナにも、口をつぐんでもらうよう言っておかねばならないだろう。

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