第158話 三つ子の魂百まで

 数日後、俺は学院が終わるとクラブ活動すらすっぽかして、マクスウェルの屋敷へと駆け込んだ。


「たすけて、まーくん!」

「誰がまーくんじゃ。少し落ち着けぃ」


 慌てふためく俺に、茶を淹れながら応えるマクスウェル。なんだかここに来るたびにお茶を飲んでいる気がしないでもない。

 だが今は、それが問題ではない。

 俺は最近の懸念をマクスウェルに告げた。

 正直言って、頼りにならないことこの上ない人選だが、俺の正体を知る唯一の存在でもある。

 相談できるのはこいつしかいない。


「ふむ……環境からの影響が大きいようじゃの」

「環境?」

「お主を取り巻く環境じゃ。コルティナやフィニア嬢がお主を着飾らせ、レティーナ嬢やミシェル嬢と幼女の生活を送っておるから、その影響が精神に馴染みつつあるという事かの?」

「そんな、バカな……」


 今の生活が俺の精神を侵食しているのだとしたら、生活を変えるしかない。

 それはコルティナやフィニア、ミシェルちゃんやレティーナとも別れないといけないという事に繋がる。

 いくら俺の理想とは言え、それらを捨ててまで目指す価値は……正直言うとないと思う。

 理想のために友を捨てる。それができない点が俺の甘いところだという自覚はあるのだが、こればかりは性分だ。


「じ、じゃあ、逆に言えば力をつけてから、彼女達と距離を取れば元に戻れるという事か」

「レイド、お主は『幼子の習いは棺桶まで続く』という言葉を知っておるかの?」

「は?」

「幼少時の生活や教育は、自我に対して大きな影響力を持つという格言の一つじゃな」


 それはつまり、今の影響は今の俺が死ぬまで続くと?


「だが、俺の中身は二十代だぞ? 転生前を加算すると三十は超えている。今更精神の影響とか言われても……」

「じゃが今は子供じゃろう。今のお主は、子供という器に前世のお主を無理矢理詰め込んだ状態に近い。器の形が変われば、否応なくその形に変化させられてしまう状態にある」

「……それって地味に深刻な事態じゃないか?」

「そういう問題も多々あるからこそ、転生リーインカーネーションの魔法は秘術とされておるのじゃ」

「ぐぬぅ……」

「じゃが悪い事だけではないぞ?」


 真剣な表情で説明していたマクスウェルは、そこでニヤリと口角を捻じ曲げ、悪どい笑みを浮かべた。

 これは前世でも見た事がある表情だ。俺とライエルに女湯を覗けとそそのかし、その後の大惨事を引き起こした時と同じ表情。

 ちなみにこの爺さん本人は、さっさと姿をくらませて難を逃れていた。


「今のお主はエリオットを誑し込まねばならん。ならば精神の女性化はむしろ好都合と言えるのではないだろうか?」

「言えねぇよ!」

「なに、幼少時の精神的影響は激しく大きいが、矯正できない訳ではないぞ」

「そ、そうなのか?」

「悪人とて、罪を償い矯正して世に戻る場合も多いじゃろ?」

「そう言えば、そう言うパターンも……いや、しかし――」

「ワシもコルティナが悲しむのは本意ではないぞ。男に戻ったお主が、オカマになっていたら悲しむじゃろ? じゃからこれは一時的な処置に過ぎん」


 真剣な表情で俺を諭すマクスウェル。その表情は一転して、実に真摯な物だった。

 この顔ならば嘘をついているとは思えない……まあ、前世もこの顔に散々騙された気もしないでもないが。


「ひとまずはその状況を利用するため、保留という事にしておかんか?」

「爺さんがそう言うなら……だが本当に困ったら、マジで相談に乗ってくれよ?」

「任せておけぃ」


 ドンと胸を叩いて請け合って見せる。

 本当にこれでよかったのだろうか……?





 とにかく、ひとまずは様子見という事で話はついた。そうと決まれば、現状でできる範囲で自身を鍛えるしかない。

 クラウドとの夜間訓練は、パーティを組むようになってからはあまりやっていない。学院生活にクラブ活動、放課後の狩り、その上夜間訓練ともなれば、俺の負担はやはり大き過ぎるからだ。

 音楽室へクラブに通うようになってからはさすがに無理が出始めたので、クラウドをパーティに入れて、ミシェルちゃんたちとまとめて鍛えるようにしていた。


「今日は俺の都合で狩りは中止にしちゃったし……生活の掛かっているクラウドには悪い事したかな?」


 彼は狩りによる収入で独り立ちに備えている。

 その他の食肉に使えそうなものは土産として持ち帰っては孤児院の仲間に振る舞っている。それが彼の生活を支えていると言っても過言ではない。

 遠足の中止に続いて、今回の俺の個人的事情による中止。

 大物をその前に倒していたとは言え、大人数で生活している彼はその貯蓄もそろそろ枯渇するころだろう。


「今度は、きちんと儲けのいい冒険に連れて行ってあげないと……ん?」


 そこで俺は珍しい人物を目にした。

 それは街中で一人で散策するエリオットの姿だ。

 もちろん彼が単独で街に出るはずがない。いつ狙われてもおかしくない身の上だ。今もどこかでプリシラが見張っているのだろう。

 しかし他に知人もいないこの状況は……実はチャンスではなかろうか?


「……誑し込むなら、今のうち?」


 周囲におそらくプリシラ以外の知人はいない。それはマクスウェルもいないという事だが……はたして、俺の判断で接触していいものかどうか。

 だが考えている間にも、誰かと合流してしまう可能性もある。ここは即断即決が要求される場面だ。


「ええい、どうせやるなら早い方がいい!」


 俺は小さくそう呟くと、指輪の力を使用してこっそりと姿を変えたのだった。

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