第159話 デートの誘い

 ラウムは森王国と呼ばれるだけあって、多彩な植物に囲まれている。それはつまり、豊富な果実が流通していることにも繋がる。

 それらは北部三か国連合の、しかも王宮に篭りっきりのエリオットにとっては珍しい物も多い。

 ただの街の果物屋に、王宮ですら食べられないような珍妙な果実が並ぶ。その光景に彼が足を止めてしまうのも、無理もない事だった。


 俺は大人の姿になって、意図的に彼のそばに近寄り、星形の果実を一篭購入した。

 本来なら剥き出しの肩を接触させたりしてアピールする所だが――生前はそういう行為にときめいたりしたものだが――今の俺の身体は幻覚である。

 不用意な接触から、幻術で姿を変えていることを悟られるのもよくないので、近付くだけに留めておく。


「おじさん。これ、一盛りください」

「はいよー。お、別嬪のお嬢さん、ここらじゃ見ない顔だね?」

「最近街に来たばかりなんですよ」


 こらオッサン、お前が引っかかってどうする。

 仕方ないので俺はできるだけ何気ない仕草で、隣に立つエリオットに視線をやり、持てる限りの笑顔を送ってやった。

 自分でも鳥肌が立ちそうなほどの満面の笑顔。むろん幻覚なのだが、この幻覚の表情は俺の表情と連動している。つまり、これは俺の未来の表情でもある。


「すみません、割り込んでしまいましたか?」

「あ、ああ。いえ、お気になさらず。品を見ていただけですので」


 少し顔を赤らめて、エリオットはどもりながら返事をする。お、これはなかなかいい反応かな?

 事実エリオットは、俺の顔をマジマジと眺め、見入っていた。少しばかり不躾なほどだ。


「あの、なにか?」

「あ、いえ! その、知人によく似ていらしたので」

「そうなんですか? よくある顔だと思いますけど……」

「そのようなことは! むしろあなたのような方がよくいらっしゃると、男としては目のやり場に困ってしまいますよ」

「それは、いい意味で?」

「もちろん」


 少し拗ねたような口調で返すと、エリオットはいつもの調子を取り戻したのか、貴公子然とした態度で接してきた。

 いつもの、少し気取ったような言葉遣い。言葉に棘が無いところを見ると、掴みは上々という所だろうか。

 とりあえずは最初の一手だ。まずは世間話くらいはできる程度には、仲を進展させねばなるまい。


「珍しい果物が多いですからね。私もつい買ってしまいました」

「そうですね、この星型の果実は実に珍しい。私の故郷では見かけない品です」

「あら、こちらにお住みではないのですか?」

「ええ、北部の田舎出身ですよ。不調法があればお目溢めこぼしを」

「私も田舎出身だから気にしなくていいですよ」

「ほう、どちらにお住まいで?」


 この質問に、俺はどう答えるか、一瞬逡巡する。

 生前の俺は南部の都市国家アレクマール剣王国出身だ。だが今は北部三か国連合王国出身。

 ここで会話を繋ぐためには、北部と答えた方がいいか。


 俺がそう考えたところで、その間をエリオットが勘違いした。

 彼は俺が警戒していると思ったのか、あわてたように手を振って見せる。


「あ、別にあなたの故郷を探ろうとか、そう言う意図があった質問では……」

「いえ、そうでは……その私も北部三か国連合トライアッドの出身です」

「おお、同郷の方でしたか」

「ええ、サイオン連峰の麓の寒村出身です」


 サイオン連峰は北部三か国連合の北の果て。邪竜によって真っ先に滅ぼされた地域だ。

 ここ出身と聞かされて深く追求してくる者は、あまりいないだろう。


「サイオンの……では邪竜の被害に?」

「ええ、村はすでに」

「それは……申し訳ない事をお聞きしました」

「いえ」

「はいよ、星リンゴ一篭、お待ち」


 そこで店の主人が星形の果実を袋に詰めて戻ってきた。

 俺はそれを受け取り、代金を渡す。身体と幻術に差が存在するので、微妙なタイミングのずれが発生したのか、主人が少し妙な顔をするが、俺は笑顔を向けて誤魔化すことにした。

 そしてここで、敢えて素っ気ない態度を取って、すたすたとその場を立ち去ろうとする。


 これはあまり深入りされる前に、その場を離れようと俺が判断したことだ。

 今日が初対面という設定なのだから、あまり深入りするのも不自然。今日の所は顔を繋ぎ。次に会った時は挨拶を交わす程度の仲を持てればいい。そう考えていた。

 だがエリオットは慌てた様子で、俺の後を追いかけてくる。


「待ってください! 先ほどの失礼のお詫びをさせてください」

「お詫び……ですか?」


 思わず振り返り、そう問い返してしまったが、なんだか無駄に順調だな。

 エリオットの顔も、いつも以上に強張っていた。


「ええ、そこのカフェでお茶でもどうでしょう? 無論お代は私が」

「え、初対面の方に、申し訳ありませんわ」


 ここでマクスウェル直伝の淑女レディの仕草。少し身をよじらせ、驚いたように口元に手をやる。

 反対側の手は身を護るかのように、胸元へ……やりたかったが、こっちは果物を抱えていたので断念。

 そんな俺の態度を見て、エリオットは下心を疑われたかと思ったのか、あわてて言葉を繋ぐ。


「ああ、その! もちろん、お嫌なら無理にとは申しません。あくまでお詫びですので」


 エリオットの顔は、俺が今まで見た事ないくらい紅潮していた。

 いくらなんでもこれは……体調が悪いんじゃないか?


「あの、お顔が赤いようですけど、体調が悪かったりしませんか?」

「いえ、これはあなたを前にして緊張しているだけですよ。私は至って元気です。万事順調です」

「ならいいのですが……」


 そこで少し考える。

 ここで俺は、挨拶を交わす程度の仲になれれば、それでいいと考えていた。

 それ以上は、マクスウェルの判断を仰ぐ必要性もあるかもしれないからだ。

 しかしエリオットの反応は、俺の想像以上に好感触だ。この機会を逃すのはもったいないかもしれない。

 生前の俺は、こう言う機会をことごとく見逃してきた……らしいのだから。


「そう、ですね……あの……」

「なんでしょう?」

「私、結構大食いですよ?」


 少し胸を張るような体勢で、そう宣言してみせた。ついでにドヤ顔もおまけ付きである。

 これは無論、嘘だ。俺の食欲なんて平均的な児童の半分もない。エリオットをリラックスさせるための、ちょっとした冗談に過ぎない。

 しかし、そんな仕草の効果もあったのだろう。エリオットはそんな俺を見て、小さく噴き出した後、貴族式の礼を返してきた。


「問題ありません。あなたの笑顔の為ならば私財すら投げ打って見せましょうとも」

「いくらなんでも、そこまで食べたりなんてしません!」


 いくら冗談でも、エリオットの身代を潰すほどとなると、明らかに自分の体重よりも食わねばならない。

 俺の胃袋は幼少時よりも大きくなっているが、それでもそこまでは大きくない。

 彼の冗談返しに、俺は憤慨した顔をして見せたのだった。

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