第160話 不本意な初デート
何の因果か、エリオットとお茶する羽目になった。
それもこれも、今後コイツに色目を使われなくするためだ。
色目を使われなくするために、色目を使われる役を演じるというのは、どうにも本末転倒のような気がしないでもない。どうしてこうなったのか……いや、明らかにマクスウェルのせいなのだが。
エリオットの最近のおすすめというカフェに入って、エスコートされるままに席に着く。
その店は落ち着いた雰囲気の、いかにも『隠れた名店』という感じの店だった。
艶のあるクルミ材の内装が、通りに面しているにしては、中々に渋い。店内を漂う香ばしい豆茶の香りも、実にいい。
そして、客が他にいないのも、静かに落ち着いて食事できる。いや、店からすれば勘弁してほしい状況だろうけど。
対面に座ったエリオットはやや不本意そうな俺とは対照的に、ニコニコと笑顔を浮かべている。
俺は、そんな彼を無視してテーブルに置いてあったメニューから早速注文を飛ばした。
「あ、ストロベリーパフェ、ください。あとキャラメルマキアート」
この店内を漂う香りからして、豆茶が売りの店なのはわかっているが、今の俺の舌は実にお子様だ。
苦い食べ物でも好きな物はあるのだが、やはり甘味の方に魅力を感じてしまう。
後、元から甘いものは好きだったし……パフェとか、生前は頼むのが少し恥ずかしかったのもある。
この身体ならば、問題なく注文できるのは、転生してからの数少ない長所だ。いや、今は大人の姿にはなっているけど。
もしこれがレイドの姿だったら、どんな噂が流れるかわかったモノじゃない。
少なくともその噂の内容は、俺の目指すストイックな戦士からは、遠ざかるモノだろう。
「私は豆茶を、ストレートで」
ミルクや砂糖を入れる事で味を調整する豆茶だが、良い豆を使っている場合そのまま飲む方が美味い……らしい。
この店はそのまま飲めるだけの品質を誇っているという証拠なのだろう。
それに、地味に味にうるさいエリオットが注文するのだから、折り紙付きと予想できる。
「苦いのに」
「ここの豆茶は風味がいいですから、そのままでもイケますよ。今度ぜひお試しください」
「そのうちにね」
奴のおすすめとは言え、甘党の俺がそれを頼む可能性は、皆無に等しい。
一人で来るならまず甘味を注文する。
それはそれとして、せっかく二人きりなのだから、会話を弾ませねばなるまい。
「北部の出身と言ってましたけど……あ、その、そう言えば今更ですが、お名前は?」
「ぷっ、ふふ――あはははは! まさに今更ですね! いや失礼。私はエリオットと申します」
「私は……えっと……」
そう言えば偽名とか考えてねぇや。そうだな、温泉街に行った時に護衛してもらった、エルフのお姉さんの名前を借りるか。
「警戒していらっしゃる?」
「あ、いえ。私はハウメアと申します」
俺が口篭もった事を、警戒していると勘違いするエリオット。まあ、この状況で警戒しない女はいないんじゃなかろうか?
ともかく、こうして互いに名乗りあう程度の状況は作る事ができた。
後はエリオットをこの姿の俺に惚れさせれば、元の俺に対する興味は相対的に薄れるはず。
「私は出身地を明かしたのに、エリオットさんは教えてくれないんですか?」
「おっと、これは失礼を。私はトライアッドの首都出身ですよ」
「トライアッド……あの邪竜に襲われた! あ、これは申し訳ない事を」
「いえ、お気になさらず。過ぎた事ですので」
白々しくも驚愕の表情を浮かべる俺。
無論、エリオットがどこで生まれ、育ってきたかは嫌というほど熟知している。
それに崩壊した故郷を思い出させる事は、彼にとっても気持ちのいい物ではないのも知っている。
しかしここは、敢えてそう尋ねる事で会話を俺の謝罪へと誘導し、彼に主導権を持たせた。
この会話術は、マクスウェルからの受け売りだったりする。俺って勤勉だなぁ。
「本当に申し訳ありませんでした。不快な思いをなさったら、謝ります」
「いえ、本当にもう大丈夫です。幼い時はさすがにきつかったですが、今はもう……それに二十年は経ってますから」
「もうそんなになるんですね……ずっと首都でお暮しに?」
「いや、一時的に首都から離れていましてね。おかげで災厄からは逃れる事ができましたよ」
「それは不幸中の幸いでしたね」
「ええ、おかげで有名人とも面識を得る事も出来ましたし」
「有名人?」
尋ねてみたが、誰の事かは想像ができている。もちろん、俺達の事だ。
ここはスルーしてもいいのだが、エリオットから見た俺達の事も聞いてみたい。
ひょっとしたら、マクスウェルの弱みとか聞き出せるかもしれない。
「ええ、なんと六英雄ですよ。あの災禍のおかげで、ずいぶん助けていただきました」
「まあ!」
驚いたふりをしつつ、口元に手をやって演技して見せる。この仕草もマクスウェルの監修済みだ。
そこでカフェのマスターが注文の品をテーブルに運んでくる。俺は遠慮なく、そのパフェにスプーンを突き刺した。
大きめのグラスにこれでもかと盛られたクリームを掬い取り、口元に運ぶ。
ふんわりと甘いミルククリームの甘味が口いっぱいに広がり、続いてかけてあるストロベリージャムの酸味が甘味を覆い隠していく。実に美味だった。
「あ、おいし――」
「お気に召していただけたようで、何より」
匙を咥えたまま、予想外の美味さに思わず言葉が漏れた。
だが、なんとなくエリオットの手の平の上で玩ばれている気がしたので、少し表情を険しくするが、それも一瞬。
出来のいいスイーツの味に、自然と表情が蕩けてしまう。
新鮮な苺の酸味と甘いミルククリームに、思わず我を忘れて陶然とする。
「ハッ!? そ、そうです、六英雄のお話を……」
「フフ、食べ終わってからでもいいんですよ?」
「いえ、聞ける機会にぜひお願いします!」
「では……」
甘味に意識を持っていかれた俺が可笑しかったのか、笑いを堪えながらエリオットは話を続けた。
ライエルやガドルス、そして俺の功績や、語られない失敗談を面白おかしく紹介していく。
一見すると、仲睦まじい男女。そんな時間を意図的に演出していく。その時、俺は鋭い視線を感じ取ったのだった。
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