第161話 懲りない監視者
針のような鋭い視線。
どこから発せられているのかはわからないが、明らかに見られているとわかる。
そして微量の殺意も混じっている事も。
「ん?」
視線の殺意に、思わず口に出してしまった俺を、エリオットは不審そうに見つめた。
この視線はおそらく、彼を狙った刺客の物ではなく、あの隠密――プリシラの物に間違いないはず。
ここで割り込まれて、せっかくの計画に水を差されるのも困る。
俺はそう思案し、会話からエリオットの行動を誘導する。
「あの、その……誰かに見られている気がしたもので――」
「え? ああ、それは、その……少し失礼します」
多少口篭もった後、ひきつった笑みを浮かべてエリオットが席を立った。
そして店の隅に設置されたトイレへと向かって行く。同時に俺に向けられた視線の気配も消えた。
おそらくは、そこでプリシラに指示を出すつもりなのだ。彼女には実に悪いと思うが、また襲い掛かられてはたまらない。
ここはエリオット本人の口から、動きを制限してもらおう事にする。
しばらくしてエリオットはトイレから出て来る。
再び俺への視線を感じ始めるが、そこに潜んでいた殺意は消えていた。
エリオットによって、敵意を隠すよう命じられたのだろう。
「お待たせしました。いや、最近少し冷えますね」
「初夏ですけど……?」
「あ、いや。昨夜寝冷えしてしまいましてね」
「まるで子供みたいですね?」
「まったく面目ない」
乾いた笑顔を浮かべてごまかすが、俺にはお見通しである。
プリシラには悪いが、ここは貧乏くじを引いてもらうとしよう。
「そうそう、ライエル様は実のところ、それほどお酒には強くなくてね。本人はそこそこのつもりでおられたようだが……」
「そうなんですか」
「逆にマクスウェル様とガドルス様は底なしで――」
エリオットの話は六英雄の全てに及んでいたが、中でも俺の話は圧倒的に少なかった。
考えてみれば、俺が死んだ時、エリオットはまだ五歳そこそこ。覚えている方が不思議だ。
逆に言えば、エリオットは俺の弱みは知られず、ライエル達の弱みを知っている事になる。
これを利用しない手はあるまい。
それにしてもライエルが酒に弱い? 俺よりは強かった記憶があるのだが……実はこのお坊ちゃん、結構な酒豪だったりするのかもしれないな。
しかし、ライエルの弱みはマリアから聞いていたが、ガドルスのとなると、俺もあまり聞いたことが無い。
そうやって聞き手に回ると同時に、俺の食べる手も次第に鈍ってくる。
幻覚で大人に見せかけているとはいえ、実際の俺の身体は少女のまま。
しかも成長不良で胃袋は小さいままだ。パフェ一つすら、結構なボリュームに感じられてきた。
「むぅ、実に効率的な胃袋が恨めしい」
「おや、もう満足なさいましたか?」
「自分では結構大食漢だと思っていたのですが……そうでもなかったみたいですね」
ここに誘われる時に口にした言葉を利用して、口元に手を当て、あざとさを演出してみる。
俺的にはミシェルちゃんみたいな元気な食べっぷりをする女の子が好きなのだが……そう言えばコルティナも結構な大喰らいだったよな。俺がフラれた時も、やけ食いしてたし。
「これは大食漢どころではないくらいの少食だと思いますが……」
「残念、エリオットさんのお財布にダメージを与えられませんでしたね」
「アハハ、それは幸運だ。ではまたの機会に再挑戦なさいますか?」
「次の機会ですか? またお会いしていただけると?」
「ええ、ぜひ。むしろこちらからお願いしたいくらいですよ」
そうは言いつつ、俺は自分の住所を教えなかった。
もちろん、俺の住所とはコルティナの住所でもある。教える訳にはいかないからだ。
逆にエリオットは現在の住所を俺に教えてくれた。
そして俺の連絡先を無理に聞き出そうともしなかった。この辺りは、彼も紳士である。
「では、近いうちにお会いできる事を祈ってます」
「そうですね、エリオットさんがよろしければ、またご連絡させていただきますわ」
「その時は喜んで」
本来なら握手の一つでもして別れたいところだったが、俺の手の大きさは、幻覚と現実の差が大きい。
今の俺の身長は百三十センチ程度。幻覚で見せているのは百五十センチを超える程度の身体だ。
その差二十センチというと、手の大きさにも結構な違いが表れてくる。
しかも子供の手と、大人のしなやかな手では形にも違いが出る。触れられると気付かれる危険があった。
二人並んで店を出て、軽く一礼してから別れる。
くるりと、意図して軽めの足取りを取り、好感触をエリオットに植え付ける。それと同時に俺は気配を探っていく。
「案の定……つけてきてるな」
後方から視線が一つ。おそらくはプリシラだ。
俺に関してエリオットから警告が出ているにもかかわらず、後をつけて正体を見極めようというのだろう。
仕事熱心と言えなくもないが、今回に関しては面倒だ。また襲い掛かられてはたまらない。
時刻は夕刻。人通りも多くなってくる時間帯。
俺は敢えて人ごみの中を縫うように歩き、頻繁に店を出入りして尾行を
プリシラも見失ってはなる物かと必死で食いついてきたようだが、いかんせん一人では限界があった。
やがてその視線は俺の背後から消え去り、追跡者の気配は消えていた。
念には念を入れ、さらに何度か店を出入りして追跡の有無を確認し、完全に見失ったと確信してから。人気のない路地へと移動した。
その後、周囲に誰もいないのを確認してから、俺は幻覚を解き、元の姿に戻る。
周辺から驚愕の気配も伝わってこなかったので、問題なく尾行を撒いたようだった。
「やれやれ。とりあえずこれで、第一弾は成功かな?」
エリオットから好感触を持たれ、再会を約束させた。
惚れるほどではないだろうが、好意を持たれた自信はある。
この次はどうするべきか、またマクスウェルに相談しに行かねばならないだろう。
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