第455話 ライエルとの旧交

 俺は力の抜けた魔神の下から、どうにか這い出そうとした。

 首を半ばまで切断され、脱力した魔神の身体は俺を押し潰さんばかりに覆いかぶさってきていた。

 五メートルを超える巨体は、相応の質量を持っているので、非常に苦労する羽目になった。


「おう」

「ん」


 そんな俺に手を差し出してくるライエル。

 少々戸惑ってしまったが、今世の俺が女に生まれ変わったことも、この姿が仮初のモノであることも、ライエルには知られている。

 随分と幻影と実体の差はなくなってきたが、わずかなずれはやはり存在する。

 それを感じ取って、ライエルも微妙な表情を浮かべた。


「まだ俺たちに姿を見せてくれる気はないのか?」

「ああ」

「それにしてもニコルによく似ている……」

「そりゃ当たり前だ。マリア似のお前の娘と、マリアを模した俺の姿が似るのは自明だろ」

「そうかもしれんが、目の色が無ければ瓜二つ……いや、ニコルの方が少し上か?」

「フン!」


 少しばかりムカッ腹の立つことをいってきたので、俺はライエルの股間を問答無用で蹴り上げた。

 予備動作のない、我ながら惚れ惚れとする蹴りである。

 その一撃は見事命中して、ライエルは前のめりに崩れ落ちる。気絶しなかったところはさすがといっておこう。

 一応俺も、現在は女だ。外見で優劣をつけられ、劣っていると言われれば気分がいいはずもない。

 対象が俺本体であっても、微妙な気分になる。


「なにしやがる! 使えなくなったらどうするんだ!?」

「娘を二人も作ったんだ。もう用済みだろう?」

「バッカ野郎、もう二、三人は欲しいんだよ! 息子を作ってお前の婿とか」

「しね」


 倒れたライエルの背中を、俺は容赦なく踏みつける。

 それにあまり長くしゃべると、声からバレてしまうかもしれない。

 俺はライエルへの攻撃を一度中断し、身体についた土埃を叩き落としてからライエルが倒した魔神に目をやる。

 頭蓋を一刀の元に叩き切られた死骸を見て、俺との差を思い知らされる。


「さすが、だな」

「うん?」

「お前だ。俺は引き分けるのがやっとだった」


 ほぼ一対一で対峙して、ほとんど怪我を負うことなく頭を叩き割る。そんな真似は俺にはできなかった。


「それはお前の補助があったからだ。それがなければ、もっと苦戦していた。片腕を早々に落とせたのは大きかったな」

「そうか?」

「そうだ。それにお前も、無傷で一体倒し切っているじゃないか。しかも俺はあれからも鍛錬を積んでいるんだぞ。あの頃のお前と比較するのは、なんか……ズルいだろう?」


 確かに、ライエルはあれから技術を向上させている。しかも破戒神の薬により、肉体も最盛期を維持していた。

 実力でいうなれば、あの頃の比ではないだろう。そういう点ではライエルの主張は正しい。

 だがあの時の俺が同じだけ鍛錬を積んだとして、この強さを得られたかといえば、答えは否だ。

 その辺を強弁すると水掛け論になるので、早々に立ち去るべく、俺は背を向けようとした。その隙にライエルも立ち上がる。

 しかし無理を掛け過ぎた俺の身体は、その一歩に耐えられずにガクリと膝が折れる。

 それを柔らかく抱き留めたのは、やはりライエルだ。こういうところはこいつは紳士である。


「おっと」

「……悪い」


 笑う膝を必死に堪え、ライエルの腕にしがみついて、どうにか身体を支える。ライエルもそんな俺を支えてくれた。

 束の間、まるで抱き合うような体勢になってしまう。


「やはりその姿は幻覚か。本当に女になってたんだな。しかも結構あるじゃないか」


 いわれて俺は、自分の胸がライエルの肘に当たっていることに気付く。

 反射的に腕を突き放し、自分の胸をかばう。自分で触れさせる分にはいいが、やはり他人に触れられるのは気持ち悪い。


 以前レイドの姿でライエルと会った時は、変化ポリモルフの魔法を使用していたので、触れられても問題はなかった。

 しかし、今は幻覚をかぶっただけで、その下には俺の本来の身体が隠されている。

 想像で作ったハウメアの身体と、今の俺はやはり微妙に体格差があった。触れてしまえば、その差は一目瞭然だろう。


「ヤメロ、ニコルの格好でその態度は、罪悪感がハンパない!」

「いってくれるじゃないか。マリアに言いつけてやるからな?」

「やめてください、死んでしまいます」


 悪態をついたライエルだったが、マリアの名前を出した直後に平身低頭した。

 その態度に俺は留飲を下げ、その場を立ち去ろうとした。


「じゃあな」

「おい、もう行くのか? つれないじゃないか。酒の一杯でも付き合えよ」

「お前に付き合えるほど強くなくてな」


 俺たちの様子をニヤニヤ笑いながら見ているバーさんに近付いて、一つ頷く。


「あいつは?」

「迷宮方面に逃げていったよ。中に入られたらさすがに見分けは付かないかな。一層にはスライムが出るから」

「そうか」

「あいつって?」


 俺たちの会話に、ライエルが割り込んでくる。こいつはクファルとの戦闘については何も知らなかったので、これは仕方ない反応だろう。


「クファルってスライムだ。もっとも人間の悪知恵も残している分、性質たちが悪い」

「あいつ、まだ生きていたのか!?」

「迷宮の中に逃げ込んだらしい。他のスライムと見分けがつかないから、追うのは不可能だろうな」


 とりあえず街の中にいないのなら、これ以上の暗躍はできまい。それに迷宮の中にいるのなら、出てくる時にバーさんの警戒網に引っかかる。

 あらゆる面で人外のこいつに見張られているのなら、抜け出すことはほぼ不可能に近いはず。

 仕留めきることができなかったのは、無念の極みだが、動きをほぼ永続的に封じられるなら、それは悪くない結果だ。


「それにしても、お前もベリトに来てたんだな」

「えっ!?」


 ギクリと、俺は足を止めた。

 俺は今、北部にいることになっている。それなのにこんな場所にいるというのは、さすがに疑われる原因になりかねない。

 何かいい言い訳がないかとバーさんに視線を飛ばすと、奴は腹を抱えて必死に笑いをこらえていた。

 ダメだ、こいつは。この一件に関しては、面白がって協力してくれそうにない。


「え、えっと、あの……そうだ、フィニアだ。彼女のことをコルティナに頼まれていたから」

「ああ、そういえばコルティナがそんなことをいっていた気がするな」

「そう、大変なんだよ、俺も。うん」

「お前にも世話を掛けるな。うちの娘も、ちょっとひどい目に遭ってな。さいわい無事に済んだが」

「そ、そうか。お前も大変だったな」


 いいつつ、俺は視線を逸らす。その当事者だったのだから、白々しいこと、この上ない。

 自分がとんでもない猿芝居をやっているような気分になってしまう。


「じゃ、俺はこれで」

「ああ、俺もマリアの様子を見てこないとな」

「マリアはなにを?」

「魔神の咆哮に当てられた人の世話をしている。混乱して暴れ出した人もいるらしいからな」

「そうだったのか。わかった、そっちは任せる」


 魔神の咆哮は威圧効果を伴って、かなり広範囲に広がっていた。

 それを聞きつけてライエルが駆けつけてくれたわけだが、威圧効果を解除できるマリアは、それどころではなかったらしい。

 とにかく、これ以上居続けるのは、少々マズイ。

 俺はバーさんに視線を飛ばし、ライエルに片手を上げて会釈をする。

 それと同時に、俺は宿の近くまで転移していたのだった。

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