第454話 共闘

「やっべ!」


 俺は思わずその場の危機を忘れ、身を竦ませた。

 魔神の咆哮にすら耐え抜いた俺が、ライエルの声に硬直してしまうとは皮肉な話だ。

 とっさに奴から身を隠し、クラウドから返してもらっていた幻覚の指輪を起動させる。

 使う姿は、一番記憶に残っているハウメアの姿。

 それはライエルの位置的に、俺の姿を見られたかもしれないからだ。

 マクスウェルと作り上げたハウメアの姿なら、他人の空似という言い訳は充分に立つ。


「くそ、このタイミングで魔神とはな!」


 広場に現れたライエルはそう叫ぶと、俺の代わりに魔神へと斬りかかっていった。

 暗い夜の広場のおかげで、俺の姿ははっきり見られていなかったらしい。

 ライエルは誰かが戦っていたのは把握しているようだが、それが俺であることまでは気付かなかったようだ。


 突然飛び込んできたライエルに、刹那の困惑を見せた魔神だが、それも瞬く間に掻き消え、本能のままに襲い掛かる。

 ライエルとて、魔神に引けを取る戦士ではない。

 むしろ俺と違って生粋のバケモノである奴は、堂々と魔神と正面から斬り結んでいた。

 しかしそれも、相手が一体なら、の話だ。

 もう一体が背後に回り込もうと動く。いつもならそれをマリアの魔法が阻止するのだが、今はその姿がなかった。


 これを見逃しては、ライエルに危機が訪れる。

 俺は仕方なく、腰のカタナをその場の叢に隠し、魔神に糸を飛ばして牽制した。

 このカタナは、俺とライエルを繋ぐ目印になってしまうからである。


「糸……まさか、レイドか!?」

「手助けする」

「その姿――ニコル!? いや、目の色が……」

「マリアを参考にしたんだよ」


 限界まで押し殺した声で、ライエルの背後に駆けつけ、背中合わせに立ち塞がった。

 実際は手助けされたのは俺なのだが、ここは恩を押し売りしておこう。

 ハウメアの姿をさらすのは危険ではあるが、赤と碧の俺の瞳とは違い、この姿では両目とも碧眼だ。

 わずかな違いではあるが、圧倒的ともいえる違い。

 その微妙な差異は、色合い以上にニコルの姿との違和感を醸し出す。唐変木なこいつをごまかすにはちょうどいい。


「そうか、マリアを……いやそれより、戦っていたのはお前だったのか。助かる、まさかもう一度お前と一緒に戦えるとはな!」


 戦闘の最中だというのに、ライエルの声は喜色に満ち溢れていた。

 こいつは昔から、こういうてらいのない感情をぶつけてくる。それが照れ臭くもあり、うれしくもあった。

 それは俺の死から二十年以上も経過した今でも変わらない。


 ライエルは驚くべきことに、魔神と対等以上の膂力を見せつけ、逆に押し返すくらいの力を見せていた。

 俺は持ち前の身軽さでもう一体を引き付け、速度をもって翻弄する。

 問題は、俺の方は倒すには力不足だということだ。


「レイド、お前鈍ってるんじゃないのか?」

「うる――さい」


 大声を上げかけたが、ここはグッと自重する。

 姿は幻影でごまかしているが、俺の声まで変わるわけじゃない。大声を上げたら、俺がニコルであることがバレてしまう。

 元々前世でも、俺よりもライエルの方が殺傷能力は高かった。

 ここは俺が倒すことを考えるより、ライエルの補助に回った方が事が早く済む。

 こうなった以上、俺が倒すことに固執するのは、あまり上手くない。


 振り回される剣をまとに糸を絡め、そのまま身体へと巻き付けていく。

 それで奴の動きは大幅に制約されていく。


「相変わらずいい助けを出してくれる」

「ゴアアアアァァァァァァァァァ!」


 ライエルはそれを見逃すほど甘くない。

 動きの鈍った一瞬を見計らい、腕の片方に斬りつけた。

 邪竜の鱗すら貫く聖剣は魔神の腕を易々と斬り落としていく。


「その隙を逃がさないのも、さすがだよ」


 ぼそりと、奴に聞こえないようにつぶやく。

 相方の腕を斬り落とされたのが気に入らないのか、俺が相手をしていた魔神が攻勢を強めてきた。

 しかし強化付与エンチャントを掛けた俺の身体は、魔神の双剣を風のように受け流すだけの力がある。

 一方、片腕を斬り落とされた魔神も、しぶとく抵抗を続けていた。

 ライエルに劣るといっても、やはり大剣を片手で使うだけあって、卓越した技量を持っていた。

 今一つ攻めきれずにいるライエルを見て、長引く気配を感じ取った。


「しかた……ないか?」


 ライエルの助勢が入ったとはいえ、あまり長時間の戦闘は俺の身体が持たない。

 俺はライエルとは違い、短期決戦型なのだ。だからこそ、ここで決める決意をする。


「――フッ!」


 大きく息を吐き、操糸の力を体内へと向ける。

 瞬間、時間が引き延ばされるような感覚を覚えた。それは体内の筋組織や神経組織が糸の力で強化された影響だろう。

 斬り下ろしの剣を躱し、突き出される刃を手甲で逸らし、紙一重で魔神の懐に飛び込んでいく。

 懐に飛び込んだところで、俺の糸では致命傷を与えることはできない。そこで奴の膝元に糸を絡めておいた。

 それに指先を補強した手甲ならば、それ単体で武器になり得る。


「せぇい!」


 振り下ろした剣で一足、腕を踏んで二足。一息に懐に潜り込んだ俺は、腕をいっぱいまで伸ばす。

 その指先は狙い違わず、魔神の片目を深々と抉っていた。


「グウオオオオォォォォォ!?」


 激痛に仰け反る魔神だが、そのおかげで足元の注意が逸れる。

 そこで膝に絡めた糸を後、勢いよく糸を引く。

 打ち込むだけでは有効打を与えられないが、巻き付けた糸を引くなら話は変わる。鋭いミスリル糸は、分厚い皮膚を斬り裂き、同時に膝裏の腱を斬り裂いた。

 片足の自由を奪われ、膝をつく魔神。その背に駆け上って、首に糸を巻き付け、今度は全力で締め上げた。


 本来の俺の力では、如何なミスリル糸を使用したところで、何のダメージにもならなかっただろう。

 しかし今の俺は強化付与エンチャントと操糸の二重掛けの状態だ。

 しかも腕の手甲は、その力を受け止めるだけの強度を持っている。これでダメージを受けないはずがない。


「ガガガガガ、グガ、グゲゲゲ……」


 気道を締め上げられ、まともな声すら出せなくなり、暴れまくる魔神。

 しかし背にとりついた俺も、今は人間離れした怪力を発揮できている。振りほどくことなどできない。

 俺の優勢を知り、ライエルも一転攻勢を強めていた。

 それまでは防御を重視した戦いだったのか、やや攻撃が軽くなっていたらしい。


「ぬおおおぉぉぉぉぉぉおおおおお!」


 裂帛の気合とともに撃ち込まれる聖剣。それを受け止める魔神の剣。

 突如防御を放り出したライエルの攻撃に、魔神は完全に虚を突かれていた。

 この攻撃で体勢を崩し、押し返されたのは魔神の方だった。片腕を失っていたのも、理由の一つではあっただろう。

 それでも人の範疇すら超えた圧力を受け、完全に体勢を崩してしまっていた。

 かしぐ巨躯に追い打ちの体当たりを仕掛けるライエル。五メートルを超える巨体が、その体当たりに耐え切れず、土煙を上げて石畳に突き倒される。

 物理法則すら無視しているのではないかと思えるほど、非常識な光景。

 そして奴は間髪入れず馬乗りになり、剣を振り下ろす。

 全力を込めたであろう一撃は、まるで卵を砕くかのように、容赦なく魔神の頭部を粉砕していた。


 そしてライエルの戦闘が終わると同時に、俺の締め上げていた魔神も抵抗をやめていた。いや、できなくなったというべきだろう。

 俺のミスリル糸は完全に肉を斬り裂き、頚椎に巻き付いている状態で止まっていた。


 こうして双剣の魔神は、二体とも討伐されたのだった。

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