第453話 魔神たちとの前哨戦

 咆哮を上げる二体の魔神。その振動すら伴う雄叫びに、足が竦む。

 前世の最期が脳裏をぎり、絶望感が足元から這い上がってくる。

 その戦慄をねじ伏せ、当面の敵であるクファルを視界に捉えようとした。


 しかし、その行為は無駄に終わる。

 俺の見せた一瞬の隙、それを見逃すほど奴も間抜けではなかったということだ。

 すでにクファルの姿は、俺の視界にない。いや、いるのかもしれないが、それを認識することができない。 

 それこそがやつの今世の能力、擬態だ。


 今世の肉体を嫌悪しているくせに、その能力を最大限活用している。

 矛盾の塊のような男だった。


 それにこちらも、暢気に奴を探す暇はない。

 目の前には二体の魔神、それも最上級の敵が迫ってきている。


「これは強そうだ。君、勝てる?」

「お前――!」


 隣にはいつの間にか、バーさんと名乗る少年の姿があった。

 力を借りるのはやぶさかではないが、それならもっと早く協力してくれてもよかったのに、そう思わなくもない。


「おっと、勘違いしてくれるなよ? 奴の生存を知らせたのはあくまでサービス。手伝う義理は基本的にないんだからね」

「ああ、そうだったな!」

「それと、さっきのスライム。ここまで戻ったってことは、分体の操作範囲はそれほど広くないのかな? 範囲はせいぜい十数メートルってところかも」

「今はそんな考察、どうでもいい!」


 叫びとともに横っ飛びに跳躍する。

 その俺の残像を斬り裂くように、二メートルを越える大剣が降り下ろされた。

 石畳が砕かれ剣身が半ばまで埋まる。

 そして跳躍した俺を追うように、もう片方の剣が迫る。バーさんは滑るような動きで、魔神から距離を取っていた。ちゃっかりしてやがる。


「どっせえぇぇぇぇい!」


 女性としてはいささかはしたない掛け声とともに足を振り上げた。蹴り足は俺の後を追う剣身の腹を叩く。

 その程度で、この魔神の剣筋が乱れるはずがないことはわかりきっている。

 この場合、軌道がズレるのは俺の身体だ。

 反動で下方向に向きを変え、石畳の上を転がる。

 あえてその場にとどまらず、逆に床を蹴ることでより遠くへ跳躍した。

 そこへ二体目の魔神の攻撃が降りかかる。その場に踏みとどまろうとしていたり、転がるだけだったなら真っ二つに斬られていたことだろう。


「で、どうする?」

「お前から借りを作るのもここまでにしておく!」


 前世では相打ちに終わった敵。それが二体。俺の身体が本能的にひるむのも、無理はない。

 しかしこいつは、クファルと同じく俺が乗り越えねばならない敵だ。いつかは越えなければ、今後こいつの前に立てなくなってしまう。


「来いよ……今度こそきっちり白黒つけてやる――!」

「グガアアアァァァァァァッァァァァァァァァァ!」


 挑発に乗るかのように、二体揃って絶叫を上げる。その声には聞く者の身を竦ませるような、威圧感が込められていた。

 俺の動きを鈍らせるためなのだろうが、今に関しては都合がいい。

 俺に威圧は効かないし、ここで騒音を聞きつけて一般人が踏み込んで来られても困る。

 音を聞きつけた一般人は威圧を受け、邪魔は入らないってことになる。


 俺を挟み込むように動く魔神たち。

 俺はその間を逆行するように走り、挟まれない位置取りを取ろうとする。

 もちろんただですれ違えるはずもなく、左右から斬撃が降りかかってくる。

 その合間を紙一重ですり抜け、地面を一回転してから振り返った。

 直後に目に入るのは、振り下ろされる剣と薙ぎ払われる剣。奴らの剣は二本ずつあるため、俺より先に攻撃行動に入れたのだろう。


 わずかに早く到達する横薙ぎの剣を飛び越え、その剣に糸を飛ばす。

 剣に絡んだ糸に引っ張られ、俺の身体は横にすっ飛んでいった。その動きで、今度は縦に斬り下ろす剣を躱す。

 ここは教会前の広場で、地形的に糸を絡めるような場所はない。

 逆に敵は上下左右自在に剣を振るえる。状況としては前世よりもさらに悪い。

 しかも二体。おそらく前世のままの俺だったならば、太刀打ちなどできなかったはずだ。


 しかし今は、鍛え上げた技術の他に、魔術という力もある。

 さらにハスタール神があつらえてくれた手甲は、激しい動きをフォローしてくれる構造をしていた。

 俺の負担は前世よりも格段に減っている。


 それに遮蔽物がないからといって、まったく糸を掛けられないわけじゃない。

 連中の巨体がそのまま糸を掛ける起点となる。

 さらに、手甲によって起動した【強化付与エンチャント】の効果で、俺の機動力は魔神に劣らぬほど強化されていた。

 無論制限時間はあるが、二体を相手取っても見劣りするモノではないはず。


「かといって長引かせると、クファルの時みたいに隙を突かれることも有り得るからな!」


 こうして正面から戦うのは、俺のフィールドではない。

 罠を張り、不意を突き、奇襲で一撃の元に勝負を決めるのが俺のスタイルだ。

 こんな戦いは、やはり本意ではない。


 俺の攻勢の気配を察したのか、魔神の攻勢が一瞬止まる。

 その隙を突いて、距離を取ろうと小さくバックステップ。それを見て魔神は大きな突きを繰り出してきた。

 仰け反りながら突きを躱し、同時に剣に糸を絡めてから、魔神の首に糸を飛ばす。

 魔神の力で首を刈り取ろうという策だったが、これは見切られていた。

 首に巻き付く前に糸を払われ、逆に身体だけが糸の勢いで吹っ飛ばされる。


 遠くまで転がされてかなり距離が開いてしまう。

 体勢を立て直すべく、身を起こそうとしたとき、その場に割り込んできた声があった。


「魔神だと!?」


 その声に俺は聞き覚えがあった。

 生まれたときから聞きなれたそれは、間違いなくライエルの物だった。

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