第571話 フィーナの冒険 11

 ライエルの屋敷の食堂に一同が会し、縛り上げられたトロイたち三人が正座させられていた。

 今回この場に参加しているのは六英雄とレティーナ、マテウス、アシェラ、フィニアの十人と犯人のトロイたち。

 それにカーバンクルとフィーナの被害者の計十五人と一匹である。

 食堂を場に選んだのは、ここが屋敷内で一番広い部屋だからだ。


「さて、まずお前たちには聞きたいことがある」


 三人の前に仁王立ちになり、ライエルが凄みのある声を発する。

 ここで下手な受け答えをすれば、即座に三人は挽き肉にされてしまうだろう。

 現にマテウスはブルリと身震いしていた。かつてライエルにオモチャの様に振り回されたことを思い出したようだ。

 非武装でも人間を挽肉にできるくらいの筋力が、ライエルにはある。


「苦しんで死ぬのと、のたうち回って死ぬ。どっちがいい?」

「いや、そうじゃねえだろ」

「そうよ、あなた。無駄に死なせるなんてもったいない。生きたまま解剖しましょう」

「マリアも黙ってて。怒るのはわかるけど」


 レイドとコルティナがそれぞれにツッコミを入れて、三人の前に出る。

 彼らに対する制裁は、今やらねばならないことではない。まずはなぜこのような事態になったのか、その原因を知るべきだとレイドたちは考えていた。


「まず、カーバンクルが護衛についていたのに、どうやってフィーナをさらったんだ?」


 カーバンクルは決して弱いモンスターではない。ましてやニコルと修羅場をくぐってきたカーバンクルは、普通のカーバンクルよりも遥かに強い。

 そしてフィーナを、本人(?)も矜持を持って守護していた。

 そんなカーバンクルの目を掻い潜って、しかも人目のある場所で拉致するのは、レイドでも難しい。

 たとえ町中での護衛経験が少なくとも、正面切っての戦闘ならカーバンクルは侮れない実力を持っている。


「それは……クファルさんにもらった薬で」

「クファルか。またあいつなんだな?」

「いや、これは俺たちが勝手に考えたことなんだ!」


 ここでクファルにすべてを擦り付けてしまうことも、選択肢にはあった。

 しかし彼らからしてみれば、クファルは大事な人を救ってくれた恩人でもある。

 それを裏切って、彼にすべての罪を押し付けてしまうのは、やはり後ろめたいと感じていた。

 ここまでの事情をレイドに話し、なぜフィーナをさらわねばならなくなったのかを説明する。


「嬢ちゃんをさらったのは悪いと思っている。だが、俺たちにはもう他に選択肢は……」

「クファルさんのくれた薬は、もう残り少ないんだ。この薬は臭いをかぐだけでも昏睡してしまうくらい強力で、その効果を使って眠っている間だけ、病の進行が止まる」

「だけど、この薬も残り少ない。使い切ってしまう前に実行に移すかどうか、決断する必要があったんだ」


 堰を切ったように、口々に主張する三人。しかしそれを、コルティナは見下したように吐き捨てる。


「だからといって、こんな幼い子を巻き込むのは感心しないわ。まずは正攻法で頼み込もうとは思わなかったの?」

「クファルさんとあんたたちが敵対していることは、俺たちも知っている。俺たちも密偵として作戦に参加したこともあった。そんな俺たちの頼みを、聞いてくれるとは思えなかったんだ」

「その人たちが本当に大事なら、土下座してでも頼み込むべきだったわね」

「まぁ、俺もそう思うが……それはそれとして、マリア、どうする?」


 レイドとて今回の件に関しては、腹に据えかねている面はある。

 しかし同じ半魔人として、真っ当な医療を受けられないという彼らの主張も、理解できた。いや、経験してきた。

 もし大事な人を救うため、それしか手段が思いつかなかったとしたら、自分も同じことをしたかもしれないと考えていた。

 誰よりも半魔人の境遇を知るのは、同じ半魔人の彼だけだ。


「そうね……今回の事件は確かに許せないけど、それと病気の人に関しては別の話ね」

「なら、治しに行くのか?」

「レイドはそうしたいんでしょう」

「お、俺は別に、どっちでもいいし?」


 この期に及んで冷徹な振りをするレイドに、困った弟を見るような視線を送るマリア。

 事実、この男が世間の噂ほどの冷血漢ではないことは、邪竜退治の長い旅の中で理解している。


「私も困っている人を見捨てたくないし、治すのは、まぁいいわ」

「本当か!?」

「あ、ありがとう、本当に感謝する!」

「よかった、これで助けられる……」

「その前に、その薬とやらを見せてもらえる? どんな薬を使っていたのかで、病状を把握できることもあるし」

「ああ、これだ」


 ゼルが懐から小さな薬瓶を取り出す。その中にはほんのわずかに、残り一割ほどの液体が詰まっていた。


「気を付けてくれよ。臭いを嗅ぐだけで意識を失う猛毒でもあるんだ。ユナたちは一口飲ませるだけで五日は眠り続けるんだ」

「わかってるわ」


 そういうとマリアはほんのわずかに薬瓶の蓋を開け、急激に吸い込まないように注意しながら鼻を近づけていく。

 だがそれだけでクラッと来たのか、マリアは即座に解毒の魔法を発動させていた。


「かなりきつい麻酔成分があるみたいね」

「たぶんそれだけじゃなくって、ねてるあいだのたいしゃもおとすんじゃないかなぁ?」


 唐突に幼い声が割り込んでくる。言うまでもなく、フィーナだ。

 彼女は薬学に関するギフトがある。ある意味、この場では最も役に立つ人材かもしれなかった。


「代謝? そっか、眠らせるのではなく、眠るように時を止めているのね。病の進行を止められるのは、そのせい……」

「待って。もしクファルなら、その病すら自演の可能性があるわ」

「そういえば、彼は毒と病気のスペシャリストだったわね」

「ええ。協力者を集めるために、病気を自作自演していることも考えられる。あいつが半魔人の仲間を効率的に集めてたこと、不思議だったのよね」


 トロイたちはクファルがディジーズスライムという、病魔を宿したモンスターであることを知らない。

 知っていれば、真っ先に犯人が彼であることを疑っただろう。


「もしそうなら、病気を治すだけじゃなく解毒も必要になる。なおさら私の力が必要になって来るわね」

「薬の残量からして、あまり時間はないはず」


 この薬瓶が三人で共有なのだとしたら、使えてあと一回というところだ。

 コルボ村に患者がいるのだとすれば、彼らはこの村に来るまでに三日、今日で一日の計四日を使っていることになる。

 徒歩でコルボ村に行くなら、間に合わないかもしれない。


「今から三日、患者の体力は持つのかしら?」

「出かける前に少し多めに飲ませてきた。看病してくれている家族にも少しだけ予備を渡してある。ギリギリ間に合うはずだ」

「そう。ならすぐに出発しましょ。マクスウェルならすぐでしょ?」

「その村に入ったことがないので、転移は出来んのぅ。飛翔フライトで向かうことになるが、まぁ今日中には着くじゃろ」

「助けてくれるのか! 感謝する、これでもう、思い残すことは何もない……」


 涙を流しながら、抱き合うトロイたち。

 それを見て、声を荒げることもできず、肩を竦めるライエルたちだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る