第572話 フィーナの冒険 12
結局コルボ村には、六英雄とフィーナ、それと犯人の男三人の十人で向かうことになった。
フィーナを連れて行くのは、彼女が薬学について専門的な教育を受けているからである。
破戒神によって知識を授けられた彼女は、一部において大人顔負けの博識さを誇る。
マクスウェルの探知魔法を掻い潜った例を見ても、その教育の成果は理解できる。
「とはいえ、十人もまとめて飛ばすのは、骨が折れるのぅ」
そう言いつつも十人全員に
魔法を出し抜かれた彼としては、ここで汚名返上と張り切っているようだった
「ま、婚約者の前で下手打ったままじゃいられないよな」
「うるさいわ。年がら年中下手打っとるお主と一緒にするでない」
「まぁ、このジジィも失敗することはあるだろう」
そんなことを言いながらもニヤニヤしているのは、レイドとガドルスだった。
戦い以外で役に立たないことが多いガドルスとしては、こういう場所でマクスウェルをやり込められることが楽しいらしい。
そんなやり取りもあって、やや憮然とした表情で魔法をかけるマクスウェルだが、空を飛べるとあってフィーナは無邪気に喜んでいた。
「まくすうぇるおじーちゃん、すごい! フィーナ、そらとべてる」
「そうじゃろ、そうじゃろ。ワシの味方はフィーナだけじゃな」
「レティーナもいるだろ。子供ウケだけはいいんだから」
「レティーナは成人しとるわい!」
「一部は成長してないけどな」
「……そこは将来に期待じゃ」
「その間は何だよ?」
「でも屋敷の方は大丈夫かしら? レティーナちゃんもいるのに、この間をクファルに襲われたりしたら……」
「あいつは世界樹の中で封印状態だよ。破戒神の知り合いが見張ってるってさ」
レティーナは今回、ライエルの屋敷で留守番ということになった。
国家の重要人物である彼女をあちこちに連れ回すのは、護衛の観点からも問題がある。
重要人物という点ではプリシラやアシェラもそうなので、一緒にいてくれた方が騎士団や私兵団が護りやすいという考えから、留守番ということになった。
十人が我先にと飛び立つ中、レイドは例によって不格好な姿で空を飛んでいた。
しかしマクスウェルにツッコミを入れたり、マリアの不安に答える余裕はあるらしい。
余裕がないのは、ライエルとガドルスだった。
「ふ、フィーナ、パパの手を離さないでおくれ」
「ぱぱ、さかさまー」
「上に向けないんだ!」
「俺なんてグルグル回っとるんだぞ! 目が回る……おえぇぇぇ」
フィーナに手を引かれ、おっかなびっくり空を飛ぶライエルと、錐揉みスピンして飛行するという離れ業を実行しているガドルス。
それを見てフィーナはけらけら笑っていた。
意外と小器用に飛行するコルティナとマリアは、全く危なげがない。
レイドはこっそりそんなコルティナの下に回り込もうとして、顔面を蹴られていた。
そんな賑やかな行軍も、一時間少々で終わってしまう。
街道を無視して一直線に進める利点と、名馬に匹敵する速度を疲労せずに維持できるのが大きかった。
レイドが生前に双剣の魔神と戦った時、コルティナがこの魔法を使えていれば、彼は死なずに済んだかもしれない。
コルボ村の側に着陸した一行は、そのまま村に入らず、村の外にある掘っ立て小屋に向かった。
トロイたちの言葉では、半魔人である彼らは村の中に住むことを許されなかったそうだ。
「ここが俺たちの住処だ。ユナたちはここで、俺の母の世話になっている」
トロイの母が一人で孫に当たるユナとジョーンズの母、ゼルの恋人の世話を一人でしているらしい。
もっとも、三人とも眠ったまま目を覚まさないので、世話といっても大して手はかからない。
「母ちゃん、俺だ。マリアを連れてきた」
「トロイかい? よく連れてきてくれたよ!」
喜色満面でドアを開けて現れたのは、白髪混じりの女性。その顔からは
「ああ、マリア様。よく来てくださいました! 私たちにはあなたしか
「わかってます。まずは患者の容態を見せてください」
トロイがどのようにしてマリアを連れてこようとしたのか、彼女は知らない様子だった。
それを察して、マリアは言葉少なに患者のもとへ向かう。
即座に
「三人とも、クファルの毒にやられているみたいね。とりあえず
「ありがとうございます! 私たちはまともな医者にかかることもできず……」
「いえ、この毒は普通の医者では手に負えません。クファルは毒の専門家ですので」
「俺たちは、本当にあの男に騙されていたのか……」
「そうね。ついでに言うとアイツ、人間ですらないわよ」
「な、なんだって!?」
驚愕する三人に、クファルがディジーズスライムであったことを知らせるコルティナ。
そしてこの三人が彼の自作自演で巻き添えになったことも、初めて知ることだった。
「あの野郎……絶対許せねぇ」
「とはいえ、もう世界樹の迷宮から出てくることもできないらしいけどね。見張っているのが神話級のバケモノらしいもの」
「そうなのか? なら一安心ってことなのかな?」
「そうともいえないわね。クファルだけが主犯ってわけじゃないもの。悪事に加担してた連中は他にもいるはずだし。あなたたちみたいに」
「それに関しては本当に反省している。だけどもう騙されることは無いよ」
「そのびょーきなおすおくすり、わたしもつくれるよ?」
そこに唐突に割り込んできたのは、フィーナだった。
彼女が破戒神から受けた教育の中には、この程度の毒を解除する万能薬の知識も存在していた。
「でもわたしはおくすりをつくる材料をあつめられないから、つくれないの」
「なんだ、それだったら俺たちが集めてやるよ」
レイドは気楽に安請け合いにして見せた。実際六英雄の実力があれば、それくらいは可能だろう。
「クファルはいなくなったが、奴の残党は他にもいる。もし奴に騙されている奴が他にもいるとしたら、その解毒薬は貴重な切り札になるからな」
「それもそうね。フィーナ、できる?」
「まかせてー」
幼い胸をトンと叩いて了承する。そんな愛娘を誇らしそうに見ているライエル。
今回いいところのなかった彼は、今度こそ娘にいいところを見せようと、心に決めたのだった。
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