第573話 フィーナの冒険 13

 結果的に、トロイたち三人とその家族や恋人たちには、ライエルの住む村へ移住してもらうことになった。

 これは、このままコルボ村に住んでいたら、またクファルの残党に利用される可能性があることや、何かあった時にも村に入れてもらえないのでは、生きていくのが苦しいだろうという配慮によるものだ。

 トロイたちはライエルの配下になり、村の自警団として働くことになった。

 しばらくは風当たりはつらいだろうが、それは犯した罪の罰ということで納得してもらっている。

 そしてもう一人、罰を受けねばならない存在がいた。


「いい、フィーナ。あなたが今日やったことは、人ひとりの人生を破壊しかねないほど、大変なことだったのよ?」

「ごめんなさぁい」

「これは謝って済む問題じゃないの。今後はこういう間違いを犯さないよう、しっかりと教育する必要があるわ」

「えうぅぅぅ」


 マリアの前で正座させられ、涙目になって謝るフィーナ。それほどに怒ったマリアは恐ろしいと認識されている。

 しかも今回はその両脇にコルティナとアシェラも一緒に立っていた。

 無責任な破戒神の言葉を真に受け、誘拐犯を振り回した罪は、それほどまでに重い。

 下手をすればフィーナの身の安全すら危なくなる可能性があっただけに、日頃は穏和なアシェラも容赦していなかった。


「罰としてお尻ペンペンは当然として、教育の方も少し考える必要があるわね」

「ええ。あの白い子も悪い子じゃないんだけど、少しフリーダムなことを吹き込み過ぎなのよね」

「フィーナは素直な分、影響を受けやすいから、教育者の方にも問題があるのかもねぇ」

「まぁ、あの白いのだからな」


 思わずレイドが話題に口を挟む。それくらいには彼は縁の深い人間だった。

 ミシェルの持つサードアイを見ればわかる通り、破戒神の技術力はやはり桁が違う。

 だがそれ以上に、お調子者な性格が悪影響を与える心配は、確実にある。

 今回のフィーナの行動は、それを如実に表している。


「とはいえ、悪意のある子じゃないし、薬学の知識も高いし、彼女だけを責めるのも何か違う気も……」

「もう、マリアはそういうところでいい子なんだから」


 悩むマリアにアシェラは頬を膨らませて不満を呈する。この様子だと、どちらが年上かわからない。

 こういった雰囲気を見る限り、アシェラの方が破戒神に似て見えるから不思議だ。


「まぁ、やっちゃいけないことをきちんとフィーナに教えていけば、問題はないだろう。それに子供をいつまでも座らせておくのも酷だぞ」


 レイドはそういうと、フィーナを抱き上げて三人の前から移動させた。

 それを見て、コルティナは呆れたように声を上げる。


「アンタって、本当に子供に甘いわね」

「そうでもないさ」

「そうでもあるのよ。前に孤児院でも子供の突撃受けて下敷きになってたでしょ。避けれたはずなのに」

「……そういうこともあったな。まあ、その時の気分で変わるんだよ」


 軽く肩を竦めながらフィーナの背中を軽く叩いて、泣いている彼女をあやす。

 その姿は妙に堂に入っていて、まるで手慣れているかのように、マリアたちには見えた。


「なんだか手慣れているように見えるんだけど? まさかどこかで隠し子とか作ってるんじゃないでしょうね? 主に産む方で!」

「人聞きの悪いこと言うな!? 俺も元は孤児院育ちだから、慣れてんだよ」


 ということにしておきたいレイドである。本当は頻繁にフィーナに会いに来ているので、慣れただけだったりする。


「そ、それよりライエルの方はどうなんだ? 問題は出るんじゃないか?」

「そりゃ、多少はな。でもまあ、最初キツめにしごいてやれば、文句も出なくなるだろう。それにカッちゃんも鍛え直す必要がありそうだし」

「キュッ!?」


 唐突に話題を振られたカーバンクルは、驚愕にほぼ垂直に飛び上がった。

 レイドの腕の中でそれを見たフィーナが、ケラケラと無邪気に笑う。


「ライエル基準のきつめか……死ぬかもな。それと俺も思ってたんだよ。カーバンクル、こっちに来てから妙に鈍ってねぇ?」

「こっちに来てから……って、そうか、マクスウェルの下で働いてたんだったな。ニコルのことは知っていたんだな」

「まぁな。機密だから話せなかったが。それになんか、腹のところがタプタプしてるし」

「それでも少し痩せたんだぞ。以前はもっと丸かった」

「そこまでか……」


 なんだかんだでニコルたちの冒険に付き合っていた頃は、運動量も多かったカーバンクルである。

 ところがここにきて、乳幼児だったフィーナの側に付きっきりだったこともあり、その運動量も、戦闘勘もめっきり減ってしまっていた。

 仕方ないことかもしれないが、それが今回の事件のきっかけになってしまったと考えられても、無理はない。


「これはフィーナと一緒に運動させた方がいいかもしれないな」

「でもフィーナはまだ三歳なんだろ。激しい運動はできないはずだ」

「大丈夫、ニコルなんてコボルド相手に喧嘩売ってたぞ」

「俺……アレを基準にするなっての」


 うっかり自分のことだと暴露しそうになるレイドだったが、マクスウェルの仕事を手伝っていたという設定があるので、ニコルを知っていたことはあまり問題にならなかったようだった。


「ともあれ、連中も居場所が見つかったんなら、これ以上悪さはしないだろう」

「俺が心配してるのは、そっちより別の残党が口封じに来ないかってところだけどな」

「ああ、その可能性もあるな。もっともその時は念入りに返り討ちにしてやる。今回は行き場をなくした拳を容赦なく、な……」

「完全に八つ当たりじゃねぇか……」


 呆れた顔をするレイドが、ようやくフィーナを椅子の上に降ろす。フィーナは不満そうだったが、怒られるよりはマシと大人しくしていた。

 こうしてはた迷惑な子供の悪戯は、無事終結したのだった。

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