第570話 フィーナの冒険 10

 物置から地下に入ったジョーンズは、買い出してきた荷物をトロイに渡した。

 とりあえず状況が膠着しているために、今のうちに必需品などを用意しておくことにしたからだ。

 必要な物としては照明用のランタンと人数分の寝袋。食料と飲料水、それに着替えなど。

 洗濯などは出来そうにないので、これは重要な準備だった。


「ジョーンズ、外の様子はどうだった?」

「そりゃもう、ここに入るのすら一苦労だったぞ。兵士は村の外周を封鎖しに向かったけど、それでも少数は屋敷に残っていたからな」

「警戒はさらに増したか」

「だが、ここがバレている様子はない。嬢ちゃんの読みは当たったってことだな」


 マクスウェルが物品探査サーチを使用することは、生まれてからマクスウェルと付き合いのあるフィーナなら、予想の範囲内だった。

 だからこそ、木を隠すなら森の中と言わんばかりに屋敷の間近に隠れるという選択肢を採った。

 この段階では、その判断は正解だったと言えよう。

 その判断ができるだけで、フィーナが並の三歳児ではないことがわかる。


「急いで村の外に出ていたら?」

「多分、逃げ切れなかっただろうな。ライエルとマリアだけならともかく、マクスウェルまで来たのは予想外だった」

「考えてみれば、当たり前だよな。なんで思いつかなかったんだか」

「犯罪を犯す時なんて、そんなもんかもな。追い詰められてて、それしか手段がないように思えてしまう」


 買い物袋からランタンを取り出しながら、ジョーンズはぼやいた。

 それをゼルに渡しながら、肩を竦めた。


「ほら、これがあれば光明ライトの魔法は必要ないだろ」

「ああ、すまん。助かるよ」


 地下に隠れてから、内部の明かりはゼルの使う魔法によって賄われていた。

 しかしそれは、逆にいえば常にゼルの魔力を消耗することに繋がる。光明ライトの魔法を込めた石ころも売っているが、少しばかり値が張るので、先の読めないこの状況では手を出しづらかった。

 逃亡に際して、金が必要になることも考えられたからだ。


「嬢ちゃんは?」

「今は寝てる。この年頃の子供なら、無理もない」


 ジョーンズの質問にトロイが答える。彼自身、似たような年頃の娘がいただけに、一際思い入れがあるようだった。

 寝袋の中にカーバンクルと一緒になって潜り込むフィーナを、誘拐犯とは思えないような優しい顔で見守っていた。

 ゼルはそんなトロイを見ながらランタンに火を灯す。それを壁に掛けようとした瞬間にランタンが突如破裂し、同時に彼が維持していた光明ライトの魔法も解除された。

 どうやらどこからともなく小石が飛来し、ランタンを破壊したようだった。


「な、なんだ!?」

「わからん! それに魔法が――」


 慌ててゼルは再度魔法を使おうと詠唱しようとした。その喉元に、細い糸が絡みつく。


魔法消去イレイスの魔法だ。干渉系のな」

「だ、誰……ぐぁっ!!」


 闇の中から何者かの声が聞こえ、誰何しようとしたゼルだったが、それは叶わなかった。

 首に巻き付いた糸が急激に締まり、同時に後ろに引っ張られたからだ。

 そしてゼルの背中に、別の何者かの背中が当たる。まるで背負われるかのような状態で、ミシミシと首の糸が締まっていく。


「あっ、ぐっ!」

「ゼル、どこだ!? がふっ!」

「げふっ、ぐはっ」


 トロイの声に反応するかのように、ゼルの喉が解放され、同時にトロイの悲鳴が聞こえてきた。

 解放されたゼルだが、それどころではなく床に崩れ落ち、喘ぐように空気を貪るゼルの首に手刀が落とされ、彼はあっさりと気絶した。

 トロイの方も、みぞおちに蹴りを打ち込まれ、悶絶している。

 どうやら侵入者はゼルを解放するや否やトロイに蹴りを撃ち込み、その後ゼルを気絶させたようだった。


「ゼル、トロイ! どうしたんだ!?」


 急な暗闇に、唐突に聞こえてくる悲鳴。一人残されたジョーンズはまるで救いを求めるかのように仲間の名を叫ぶ。

 それが彼の位置を侵入者――レイドに知らせることになるとは知らずに。

 混乱し、叫び続ける無防備なジョーンズの正面から首筋に回し蹴りを叩き込み、彼を気絶させる。

 そして誰の声も聞こえなくなった闇の中で、レイドの声が響いた。


「カッちゃん、明かり」

「きゅ」


 時間は短かったが、これだけ騒々しく暴れたのだから、カーバンクルは目を覚ましているはず。

 そう判断して声をかけたレイドだったが、その推測通り、カーバンクルは目を覚ましていた。

 逆にフィーナは、まだ目を覚ましていなかった。子供の眠りは深い。


 明るくなった地下室には、倒れた三人の男とレイド。そして寝袋に入ったままのカーバンクルとフィーナがいた。

 倒れている男たちは揃って意識が無いが、呼吸はしっかりとしており、死んではいないことがわかる。


「よしよし、死んではいないな。フィーナを見る目からなんか事情がありそうだったから、殺すまでもないかと思ったんだが」

「きゅううぅぅぅ」


 カーバンクルは『やり過ぎ』と言わんばかりに首を振っているが、レイドからすればこの程度で済ませたのは慈悲である。

 もしこの場に来たのがライエルだったなら、彼らは今頃肉片と化していただろう。

 さらに言うとマリアだった場合、なんだかよくわからない手段で、恐ろしい痛みを経験してたはずだ。

 レイドは溜息をつくカーバンクルを無視して、ジョーンズが買ってきた荷物を漁る。


「お、寝袋が人数分あるな。犯人を縛り上げてこいつに突っ込んでから浮遊レビテートすりゃ、楽に運べるか」


 言うが早いか、予備のピアノ線を使用して手早く三人を縛り上げ、頭から寝袋に突っ込んでから口を閉じた。

 こうすれば三人は視界を塞がれるため、どこに運ばれるか理解できず恐怖感を募らせる。

 そしてその不安は尋問を有利に運ぶのに使える。


「よし、じゃあ帰るぞ。ほら、お前も寝袋から出ろって」

「うきゅうぅぅぅ」


 フィーナを寝袋から引っ張り出し、片腕で抱き上げる。

 同時に残った腕で魔法陣を描き、男たちを詰め込んだ寝袋を宙に浮かせる。

 それらを糸で結んで引っ張り、出口に向かった。

 こうして三か国を巻き込んで展開した誘拐事件は、大半の人物が関与する余地もなく、あっさりと解決してしまったのである。

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