第569話 フィーナの冒険 9
レイドは居間での会合の場を抜け出し、屋敷の屋根の上へ移動した。
久しぶりの実家とあって、今も残されている自室でくつろぎたいところだが、フィーナのことを考えるとそれどころではない。
かと言って、あの場にいたらレティーナの追及を受け、何かボロを出す可能性もあった。
そこでとりあえず気分を落ち着けるため、屋根の上で日向ぼっこすることにしたのだった。
決して、ややこしい話についていけなくなったわけではないと、彼は心の中で主張していた。
もちろん居間での話し合いは糸を通じて聞いているし、今もカップに糸を巻き付けて拡声器代わりに使い、レイドの声を伝えることもできる。
彼が無気力に事に当たっているわけではないことは、六英雄の仲間たちは充分に理解していた。
しかしそれは、他の人間……つまり派遣されてきた兵士には理解できなかった。
「なんだ、あいつは?」
「ほら、あいつだよ。六英雄のレイド。転生の魔法で復活したんだと」
「本当か!? しかしそれにしても、仲間の娘の誘拐事件だというのに……」
「屋根の上で昼寝とはな。暗殺者だから、命の重さも軽いんだろうよ」
「結局、半魔人は信頼できんということか」
「シッ! アシェラ様に聞かれたら左遷させられるぞ」
アシェラは半魔人差別について、反対の立場を取っている。しかし派遣されてきた神殿騎士まで、その思想が浸透しているわけではない。
特に即席とも言える派遣部隊では、アシェラと意見を異にする者も多かった。
そしてそんな会話も、レイドはしっかりと聞き取っている。
「好き勝手言ってくれるな。まぁ、その程度ならかわいいもんだが」
幼い頃から差別されてきたレイドにとって、育ちのいい神殿騎士の悪態など、そこいらの有象無象の陰口と大して変わらない。
それにこうして盗み聞きしていることは、できるなら秘密にしたかったというのもある。
こういう技能を持つことで、余計な疑惑の目を向けられることがあったからだ。
そもそも、本人は何気なく使っているが、こういった諜報技術はレイド個人の能力の高さによる。
空気中を伝わる声の振動まで感知して、それをレイドの耳元まで届ける操糸の技術がどれほど卓越した物か、想像に難くない。
これほど緻密かつ繊細な操糸の技術は、ヨーウィ家の密偵であるサリヴァンでも使えない。
しかしレイド本人はちょっとしたコツで使える程度という認識から外れない。
これは彼が幼い時に騎士団の入団試験に落ちたことや、アスト――風神ハスタールやライエルという超人たちと接してきた経験に由来する。
あまりにも常識から外れた者たちと接し過ぎたが故に、自分を不当に低く評価してしまう癖がついてしまっていた。
「それにしても、コルティナやマクスウェルを出し抜くとはな」
適度に温まった屋根の上に寝転がると、じんわりとした熱が伝わって来て、ささくれ立った気持ちが少しだけ落ち着いてくる。
居間ではまだコルティナとマクスウェルによる討論が伝わってきていたが、レイドも個人的にフィーナの行方を考えてみる。
マクスウェルの
脅迫状が届いてマクスウェルが魔法を使うまで、およそ三時間。
この間に三歳の子供とカーバンクルを連れて探知外に逃れるのは、かなりの無理を強いる必要がある。
「大人だけなら、それも可能だろうが……」
この魔法から逃れるためには、所有物を処理する必要がある。
そのため、被害者が丸裸で拘束されるという事態も、往々にして存在する。
「誘拐犯はフィーナを裸にして拉致しているとか? いや、それはそれで服の処理が必要になるし。やはり馬を用意していたか?」
だがそれはそれで、レイドには納得しづらい物があった。
おそらく誘拐犯は市を立てるための商隊に同行して、村に侵入したはずだ。
商隊そのものが誘拐犯と共犯でもない限り、村の近くに馬を隠すなんて怪しい事この上ない。
「他の可能性としては……探知系魔法の対抗手段を用意してるとか、もしくは俺みたいに転移魔法が使えるとか?」
口にしてみたが、これも実現性は怪しいところだった。
対探知系の魔道具は高価な物で、これを用意する金があるなら身代金など不要になるくらいの値がする。
それに転移魔法にしても同様だ。この魔法を使えるなら、金には困らないほど仕事が舞い込んでくる。
大した荷物を運べなくとも、手紙一つ運ぶだけでも利用価値はある魔法だ。
「キーワードは、マリアにコルボ村まで来るように指示してる点か。金銭目的ではない可能性が高いか」
そもそも、本当に魔法の範囲外に逃げ出したのかも気になる。カーバンクルは決して弱いとは言えないモンスターだ。
そのカーバンクルが守護するフィーナを目撃者もなく拉致し、潜伏するなど、ライエルでも可能かどうか。
「まぁ、俺なら可能なんだが。くそ、こんなことならカッちゃんをもっと鍛えとけばよかった!」
すでに幼い時からニコルと行動を共にしてきたカーバンクルは、一般的なカーバンクルよりもかなり能力が高くなっている。
しかしその冒険の舞台は、大半が森の中。つまり野外での話だ。
混雑する人ごみの中で狙ってくる相手の対処というのは、完全に彼の守備範囲外だった。
無論、これは明らかにレイドの八つ当たりなのだが、これを指摘する者はこの場にはいない。
「覚えていろよ。帰ってきたら地獄の特訓だ……って、ん?」
そこでレイドは奇妙な人影を目にした。
屋敷の裏庭付近で、兵士の目を掻い潜るように移動する一人の男。
大量の荷物を抱えているので、一見屋敷の使用人に見えなくもないが、幼い頃からこの屋敷に出入りしていたレイドには、見覚えがない。
帽子を目深にかぶっているので、髪型や顔は詳しく見て取れないが、これまで屋敷に雇われた者で、少なくとも男はいない。
「新しくライエルが雇った……ってわけじゃなさそうだな」
この屋敷の食材などは、基本的にマリアが自ら買い出しに出る。
ニコルやフィーナと一緒に買い出しに出るのは、彼女にとって貴重な癒しの時間だ。
それはフィーナが生まれてからも、変わってはいない。
「こりゃまた、あからさまに怪しい男の登場だな」
どうやら手掛かりが向こうからやってきたようだと判断し、レイドはコルティナに連絡を送る。
「ティナ、怪しい男が屋敷の側にいる。ちょっと後をつけてくる」
『了解、一人で大丈夫?』
「まかせろ、俺を誰だと思ってる」
『微妙なところでポカしてるヘッポコ暗殺者』
「てめぇ、帰ったら覚えてろ!」
一声怒鳴ってから、レイドは屋根から飛び降りた。
そして着地する頃には隠密のギフトを起動し、気配を消す。
路地からレイドを見ていた兵士たちは、一瞬でレイドの姿を見失い、それ以降は興味を失ったかのように職務に戻ったのだった。
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