第568話 フィーナの冒険 8
今のライエル邸には三国から、それぞれの最高権力者か、それに近い位置の者から派遣された戦力が集結していた。
本来ならそれぞれが反目しあい、牽制しあう状況かもしれないが、今はフィーナ救出という目的のために一致団結していた。
ある意味において三つの国を結び付けたフィーナは、邪竜コルキスの襲来に匹敵する団結力を、各国から引き出したことになる。
「マリア、聞いたわよ。大変だったわね!」
「アシェラ、来てくれたのね」
泣き腫らし、赤い瞳を更に赤く充血させた目で、マリアがアシェラを迎え入れる。
とりあえず兵士は屋敷の周辺に野営させているので、屋敷の中に入るのはアシェラだけだ。
屋敷にはすでにコルティナとマクスウェル、ガドルスにレティーナ、レイドにフィニアまで勢揃いしていた。
この面々が揃うとちょっとやそっとの地位の者では、あっさりと埋もれてしまう。
現に北部三か国連合の王妃のはずのプリシラは、部屋の隅で縮こまっていた。マテウスはライエルが怖くて、私兵の統率という口実で逃げ出していた。
「いやいや、無理です。この面々と五分に話し合うとか、私には無理ですぅ」
「なに言ってますの。そんなこと言ったら、私なんてただの小娘ですわ」
「レティーナ様はラウムの侯爵令嬢様で、未来の公爵様で、マクスウェル様の婚約者じゃないですか!」
「あら、そう言われてみれば、わりと重要人物のような気がしますわね?」
「いいじゃねぇか別に。俺なんかすでに死んだ人間だぞ。この中では間違いなく、一番普通の人間だ」
「いえ、間違いなく私ですから。ニ……いえレイド様」
隅っこで借りてきた猫のようになっているプリシラを慰めるべく、レイドが気安く声をかける。
濃紺のコートを身に纏った彼の姿は、明らかに他の人間を圧倒する雰囲気を発していた。
どこをどう見たら、普通の人間を主張できるのか、プリシラは首を傾げざるを得ない。
そんなレイドに容赦なくツッコミを入れるフィニアも、度胸の面では尋常ではない。
「あの、今さらですけど……レイド様、ですよね?」
「ああ、そうだ。前に会っただろ」
そんなレイドに、レティーナは手を組み合わせて尋ねてきた。
かつて一度ハウメアの姿で、レティーナとは会ったことがある。
「今は生前の姿に変身してるけどな。本当の姿はナイショだぞ」
「そういえば以前は女性の姿でしたわね。あちらの姿も素敵でしたが」
「あ、ああ。あれはマリアを模して作った姿だから……」
目をキラキラさせて尋問を開始したレティーナに、レイドは少しばかし腰が引けた態度を取っていた。
もちろん中身はニコルなので、このようなレティーナの態度は奇妙に感じ、吹き出しそうになるのを必死で堪えている。
今回、あえてニコルでもハウメアでもなくレイドの姿で戻ったのは、ここが故郷の村だからである。
マリア似の姿でうろついていれば、村の人間が変に混乱してしまうかもしれないという、微妙な配慮により、誰にも似ていないレイドの姿を選択していた。
しかしおかげで、予想外の参加者であるレティーナに、しつこくまとわりつかれることになってしまった。
「レイドや。浮気は許さんぞ?」
「爺さん……それはあんたの婚約者に言う言葉だろ」
「ワシがレティーナにきつく当たれるわけないじゃろうが!」
「本末転倒だよ!」
意外なことだが、レイドは同性の六英雄の中では、マクスウェルが一番仲が良い。
これはマクスウェルのコミュニケーション能力の高さと、レイドの一見取っ付きにくいが実は素直な気質による相乗効果だった。
レイドは無意識に発散する威圧感によって、周囲に人を寄せ付けない。しかしマクスウェルはそれを意に介さないため、結果的にもっとも話をする仲になっただけである。
今回も部屋の隅で談笑する二人に、コルティナがペシンと頭を叩いてきた。
「ほら、バカ話してないでさっさと捜査を開始するわよ。アシェラ、悪いけど兵士たちには村の周囲を固めさせて。誰も村から出しちゃダメよ?」
「りょーかぁい。犯人を逃がさないようにするためよね?」
「もちろん。マクスウェルは
「お、おう」
放置しておくと、ライエルは聖剣を振り回して潜伏場所に突撃をかけかねない。
マリアも多彩な魔法を駆使して、何をするかわからない精神状態だ。
それを察して、コルティナは前もって釘を刺しておいた。こういう場面で役に立つのは、マリア以上に多彩な手段を持つマクスウェルと、敵に気取られずに潜入工作をこなせるレイドである。
レイドは、久しぶりに会う恋人の姿に顔を赤くしつつも、やるべきことをしっかりとこなす彼女には、頼もしさすら感じていた。
「ふむ……む? この屋敷にしか反応はないぞ?」
「え、うそ? もう村から逃げ出したのかしら?」
「その可能性もあり得るな。待ち合わせ場所はコルボ村なんだろう?」
「それにしても、ワシの探査範囲は十キロ四方を超える。脅迫状が届いてまだ三時間も経っておらんのじゃろう? 子供連れでこの範囲を超えられるとは思えん」
「村の外に馬か何か用意していたのかもしれないわね」
コルティナは再び逃亡手段に思考を向ける。その間はレイドもやることがない。
「まあいいさ。アジトがわかったら教えてくれ。俺もフィーナに手を出した奴をタダで帰してやる気はない」
「頼りにしてるわよ」
関心が薄い振りをして部屋を出ていくレイド。実際はレティーナの追及から逃れるためでもある。
フィーナの安否は心配だが、室内の話は別にその場にいなくても、糸を使えば聞き出せる。ならばまずは自身の身の安全を図ろうとしたのだ。
そして当のレティーナも、状況を思い出したのか、表情を引き締めてコルティナの指示を聞き入っていた。
「安心して、マリア。絶対フィーナを見つけ出してあげる。そして犯人は絶対に許さないから」
「ええ、わたしも犯人を目の前にしたら、何をするかわからない気分よ」
「俺もだ。まずフィーナに触れた指をへし折って腕を斬り落としてやる」
「落ち着け、ライエル。俺の分も残しておけ」
「それよりガドルス。コルボ村の方はいいのか?」
「そっちはニコルたちに任せておる。少しばかり目立つ連中だが、さすがマリアの娘というべきか、腕は立つ」
実際はニコルはそちらに向かってはいない。向かったとしても美少女揃いのニコルたちでは、こういった捜査には向いていない。
行く先々で男に絡まれ、余計なトラブルに巻き込まれることは目に見えている。
そこでガドルスは、ニコルたちと同期の冒険者であるマーク、ジョン、トニーの三人をコルボ村に差し向けていた。
ストラールの街もコルボ村も国境を挟んですぐの場所にあるため、翌朝には村に辿り着いているはずである。
「コルボ村には、すでに先回りしておる。誘拐犯に逃げ場はもう無いわい」
ニヤリとガドルスは獰猛な笑みを浮かべた。
日頃温厚な彼が、こうまで攻撃的な顔をするのは、非常に珍しいことだった。
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