第567話 フィーナの冒険 7

「おい、やべぇぞ! なんか外がエライことになってるぞ!?」


 封書を投函してきたジョーンズは、そのまま食料を調達してから、屋敷の物置に戻ってきていた。

 しかしその頃には続々と兵士がライエル邸に押し掛けてきて、見る間に百人ほどの軍隊が駐留する状態になっていた。

 ジョーンズはこそこそと人目を避けて物置に忍び込んだのはいいが、それも近いうちに不可能になりそうな勢いである。

 しかも通りすがりに見ただけでも、マクスウェルにガドルス、果ては暗殺者風の若い男の姿まで確認できていた。言うまでもなくレイドである。

 まさに六英雄勢揃いだった。


「え、あんさつしゃ? あ、ひょっとしてレイドおにーちゃんきてるの? ごあいさつしなきゃ!」


 フィーナは何度かレイドと顔を合わせたことがあるので、彼が来ていると聞いて勢い込んで立ち上がった。

 あっさり目先の目的を忘れる辺り、実にお子様らしい。

 しかしそのまま飛び出されては、隠れ場所がバレるばかりか、事件があっさり解決してしまう。

 そうなると、誘拐した自分たちの命に関わる。

 ましてや六英雄が勢揃いしている以上、発見されたら即死亡してもおかしくなかった。


「待て待て待て! 俺たちは今潜伏中なんだぞ! 探しに来た奴に会いに行ってどうする!」

「あ、そうだった」


 てへへと舌を出すフィーナに、カーバンクルはやれやれと言わんばかりの仕草で首を振っていた。

 誰に似たのか、無駄に行動力のあるフィーナに、日頃から振り回されているらしい。


「しかし、人が集まってきたってことは、手紙は無事届いたようだな?」

「ああ。しかしまさか六英雄がすべて揃うとは……しかもこんなに早く」

「しかもあの兵士の数。北部だけじゃなくてラウムや世界樹教の紋章を付けていたやつもいたぞ」

「おそらくマクスウェルが転移魔法でかき集めてきたんだろう」

「おいおい、いくらマクスウェルといってもあれだけ大人数を、この短時間で集められるか?」

「ってことは、連中自発的に集まったってことか?」


 その真実に思い当たり、ちらりとフィーナの方に視線を向ける。

 そこにはカーバンクルと戯れる幼女の姿があったが、この兵力の集まり具合を見る限り、そのカリスマたるや六英雄に匹敵するかもしれなかった。

 ましてや、トロイたちはほぼ籍を置いていただけとは言え、クファルと共に行動していた。完全に敵対している状況である。

 しかも世界樹教の紋章まであった。教皇暗殺をクファルが企んでいたことは記憶に新しい。彼らはいわば、主敵に値する。

 つまり今の彼らは北部三か国連合、ラウム森王国、ファルネウス聖樹国の三国から追われているということになる。


「トドメは、やたらキラキラした法衣を着た子供までいたぞ。あれ、なんだ?」

「知らん。けど贅沢な法衣ってことは、かなり位の高い司祭なんだろ」

「司祭か。ひょっとするとマリアの関係者かもな。だとすると、ヤバい相手かもしれん」

「なに?」


 ゼルはその情報を受けて顎に手を当てて思案する。


「少なくとも今の状況はマリアにとって、かなり厳しい状況だ。そこへ高位の神官と思しき少女がやってきた。これがタダ者と考えるのは、無理がある」

「……確かにな。マリアが助力を乞うに値する力を持っている、と考えるべきか」

「だとすりゃ、俺たちもう行き詰ってないか?」


 地下にいる彼らの頭上には、百に届こうかという兵士がいて、しかも六英雄と正体不明の司祭(もちろんアシェラ教皇である)までいる。

 マリアをコルボ村まで連れ出せれば、後はなし崩しに治療をさせて、などと考えていたが、それすら怪しい状況になってきた。

 そもそもこの状況では、自分たちがここから脱出することも難しい。


「ここに篭ったの、実は間違いなんじゃ……」

「んーん、まちがいじゃないよ。だっててぃなーがいるもん」

「ティナってコルティナのことだろ? なんでそうなるんだ?」

「てぃなーならぜったいマクスウェルおじーちゃんよぶもん。まくすうぇるおじーちゃんなら、ぜったいさーちの魔法つかうもん」

「サーチ……物品探査の魔法か?」

「うん、でもここなら、つかわれてもばれないし」

「ああ、なるほどな。ここなら物置の品と嬢ちゃんの品の反応が混ざるから……意外と頭が回るじゃないか」


 フィーナの説明を聞き、三人は納得の表情を浮かべる。

 そんな三人を見て、フィーナはさらに得意げな顔になった。


「えへへ。しろいかみさまが、やるならてってーてきにやりなさいっていってたの」

「誰だよ、その神様……」

「えっとね、はかいしんゆーりだって」

「邪神じゃねぇか」

「ちがうもん! にてるけどちがうっていってたもん!」


 師匠に当たる破戒神を邪神呼ばわりされて、フィーナは大いに憤った。

 手を振り回して抗議するが、三人はそれどころではない。

 今、頭上には彼らを探すべく集結した、百人前後の兵がいるからだ。

 開拓村の住民とほぼ同数のこの兵士と、六英雄を敵に回して逃げ切るのは至難の業だ。


「まあ、この嬢ちゃんの言う通り、子連れで村から逃げ出していた場合は、マクスウェルに速攻で感知されていただろうな」

「かといって、いつまでもこの場所に隠れているわけにもいかん。コルボ村には俺たちの帰りを待つ者がいるんだ」

「それはわかっているが……」


 状況は完全に詰んでいる。こうなったら大人しく投降するのもやむなしか、それともマリアが痺れを切らせてコルボ村に向かうのが先かという、我慢比べの様相になりつつある。

 問題はフィーナを長々と拘束した場合、それだけ彼らの死の確率が高くなるということだ。

 たとえ危害を加えていなくとも、ライエルたちの積りに積もったストレスが殺意に変化すれば、この世界のどこへ逃げようと、生き延びる術はない。

 それだけの権力者とのパイプを持っている。クファルという指導者を失ったトロイたちに、それを掻い潜る力はなかった。


「どうしようもない、投降するなら早い方がマシかもしれんが」

「そうなると、母ちゃんの命が……」

「俺だって娘の命が懸かってるんだ!」

「落ち着け、大事な人の命が懸かってるのは、みんな同じだ。だからこんな無茶をしでかしたんだろう」

「あ、ああ……そうだったな。すまん」

「いや、いい。気持ちはみんな同じなんだ」


 がっくりとうなだれる男たち。フィーナはその沈鬱な空気を感じ取り、いたたまれない気分になって身体をもじもじと動かしていたのだった。



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