第387話 下心回避
その後の作業は滞りなく終了した。
ラングさんは事故の時は席を外していたので、マークたちと相談した上で事故のことは内緒にしておく。
これが企業ならば上司に報告した上で防止策を考えねばならないところだが、俺たちは個人運営の冒険者だ。
対処はそれぞれが考え、今後に活かせばいい。
考えない奴は自己責任で危険を冒すことになる。
夕方には屋根の修理も終わり、屋根に水も流して水漏れしないことを確認する。
それをラングさんにも見てもらい、ようやく報酬を受け取ることになった。
「いや、一日であの高所の作業を済ますとは。さすが冒険者は様々な局面に対応してますな」
「こう見えてもプロですから」
ラングさんの追従に、俺は胸を張って答えてみせた。
これはガドルスの斡旋した仕事である。ならば頼り甲斐のあるところを見せておかねば、今後の依頼にも関わってくるはず。
俺たちが手広い状況に対応できると知れば、彼は今後もガドルスの店を贔屓にしてくれる。
それは俺たちだけでなく、今後やってくる新人のためにもなるだろう。
ラングさんと別れ、それぞれの宿に向かう途中で改めてマークが謝罪してきた。
「朝はすまなかったな。見かけに騙されて見くびったことを言ってしまった」
「それは仕方ないよ。フィニアは美少女だし、わたしはまだ子供だから」
「ニコル様、わたしを事あるごとに美少女と吹聴するのはやめてください」
「事実だし?」
なんというか、フィニアは自慢の後輩的な雰囲気がある。
実際、魔法も剣も使え、最近は槍も習熟し始めている。近距離から中距離までどこでも任せられる冒険者というのは、実に貴重だ。
その実力に加え、可憐な容姿と華奢な体格。俺やミシェルちゃんという仲間がいなければ、ダントツで話題に上がっていてもおかしくはない。
「その、よかったらこの後打ち上げでも……」
「悪いけど、お誘いはパスね。フィニアとかもう一人の仲間には頻繁に声が掛かるから、公平を期するために」
「いや、そんな下心があって言ったわけじゃ! 腕前を評価したからこそ、今後も……」
「わかってるよ。でも、他の冒険者の目もあるからね」
俺たちはつい最近ガドルスの宿にやってきたばかりである。ここで変な噂を立てられるのも、少し困る。
むしろ、変な噂が立ってライエルが襲来した日には、その後の冒険者活動に支障が出かねない。
しばらくは男との接触を禁止せねばなるまい。
「よかったのですか?」
マークたちとも別れ、フィニアと二人だけで宿に戻っていると、彼女がおずおずと話しかけてきた。
どうやら先ほどの対応に疑問を持っているようだ。
「なにが?」
「マークさんたちです。一応この街の先輩ですし、顔を立てておいてもよかったのでは?」
「それも一理あるけどね。ガドルスの監視がある街で男と一緒とか、パパに伝えられたら、どうなると思う?」
「それは……ものすごいことになりそうです」
「でしょ?」
俺は小さく笑ってから、フィニアより一歩先に進む。
そこでくるりと回ってから、後ろ向きに歩いて彼女との会話を続けた。
「フィニアも、パパの襲撃を避けたかったら、男性との接触は極力断つこと。フィニアはわたし以上に箱入りなんだから注意しないと」
「いくらなんでもニコル様ほどじゃないですよ!」
「そーかなぁ?」
そもそも俺には前世の経験があり、しかも元男である。その辺りのガードは鉄壁を自称している。
だがフィニアは孤児院で育ち、子供を相手に成長してきた。
男性経験という面では皆無といっていい。
彼女一人で言い寄る男をあしらうのは、少々難しいと思われる。
「あ、ニコルちゃんだ! おーい」
そこに底抜けに明るい声が飛んできた。これまた俺の心配の種である美少女その二、ミシェルちゃんである。
彼女の場合、そういう男の下心に思いが及ばない年齢なのが、難しいところである。
純真無垢な彼女に、そういう男の汚い面を言い聞かせるのは、正直言って心苦しい。
そのために男避けとしてクラウドをセットで動かすことが多いのだが、最近はそのクラウドが怪しくなってきている。
年頃なのでわからないでもないが、俺の不安は尽きない。
「はぁ、まるでお母さんになったみたい」
「ニコル様が? むしろ手がかかるのはニコル様の方かと」
「フィニアも言うようになったねぇ」
「気苦労が多いですから」
「それは言わないお約束」
ミシェルちゃんはこちらに向かって全力で駆け寄ってきた。
しかしすでに日は傾き、街路は薄暗く影が落ちている。
俺ほど夜目が利く方ではない彼女は、あっさりと地面の凹凸に足を引っかけ、ヘッドスライディングしていた。
幸い彼女は俺と違って保護者達からスカートを強要されていないので、今はスパッツを履いている。下着を後ろのクラウドに晒さずに済んでいた。
代わりにお尻の形が一目でわかるので、これも善し悪しというところだろう。
現にクラウドは、鼻先を抑えて視線を逸らしている。だがチラチラとそちらに視線が彷徨っているのはごまかせない。
「いたたた……」
「もう、ミシェルちゃんも気を付けてね」
「『も』ってことは、そっちもなにかあったの?」
「フィニアがナンパされかけてた」
「あはは、フィニアお姉ちゃんは綺麗だからね!」
「違います! ニコル様が屋根から落ちたんです」
「さもありなん」
フィニアの抗議に、ミシェルちゃんも即答で頷いていた。
まあ、俺に怪我がないのは一目でわかるから、さほど心配はしていないのだろう。
「そこで納得するの!? ミシェルちゃん、なんかひどくない?」
「ニコルちゃんだからねー」
「あ、ミシェルちゃん、パンの匂いがしてる?」
「うん。パン屋さんのお仕事だったから。お昼もパンだったんだよ。おいしかったぁ」
「でも昼食に出されたパンを五つも食うのは、さすがに店の人がドン引きしてたぞ」
「好きなだけ食べていいっていうから」
追いついてきたクラウドが即座に告げ口。そこ余計な一言を挟むのがモテない部分だぞ。自覚しろ。
男は黙って背中で語るべきなのだ。前世の俺はそれでモテていた。最近判明したことだが。
帰路につきながら、互いの仕事の内容を報告し合う。
もっとも大きなトラブルは俺が落ちたことくらいで、どちらも順調に仕事を終わらせていた。
むしろミシェルちゃんがパン屋のおじさんに気に入られてしまい、『次もぜひ』と予約が入ったくらいである。
こうして俺たちのストラールでの初仕事は、順調に終了した。
ミシェルちゃんの名前も売れたことだし、すぐに街に馴染むことができるだろう。
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