第386話 役割分担
自分が目を閉じていることを理解している。闇の中で、そう意識する時がある。
これは覚醒に近い時に起きる現象だ。目蓋の裏がうっすらと明るくなり、光を認識する。これは目覚めが近いことを意味していた。
同時に、気絶する直前にあった事故についても思い出していく。
俺は……マークを助けようとして梁にぶら下がり、そこへ支えていた木材が落ちてきて頭を強打。そこで意識は途切れている。
あの場面で気絶したら助かるはずもない。つまりこの覚醒は、あの白いのと初めて会った時の場所へ移動するプロセスなのだろうか?
だとしたら――
「俺、死んだ!?」
「死んでません! なんですか、縁起の悪い」
ガバリと身を起こし周囲を見ると、俺を心配そうに覗き込んでいたフィニアの膨れっ面が見えた。
いや、この表情は先ほどの言葉に対する反応なのだろうが、その仕草が子供っぽくてなんとなく新鮮に見えた。
「それに俺という言葉使いは感心できません。ニコル様は女性なのですからもっとお淑やかに」
「いや、お説教は後で聞くから。それよりマークは? わたしは何で生きてるの?」
「ニコル様が気絶する寸前、どうにか私の
同じような効果を持つが、人と物と微妙に対象などが違うため、別の魔法となっている。そして、
「そ、それに関しては本当に申し訳ない。じゃあ、マークも?」
「はい。振り子のように揺れていましたので少々照準が難しかったですが、どうにか救えました。これもニコル様のおかげですね」
「ならよかった」
こんな簡単な工事で死亡事故を起こしたとなれば、ガドルスの店の沽券にかかわる。
きっかけがマークたちだとはいえ、死亡者が出たということは変わらない。
だがフィニアの活躍で、その最悪の事態は回避された。これでガドルスの店の名声も守られた。
「うん、フィニア、ホントにありがとね」
「当然のことをしたまでです。私はニコル様の仲間でしょう?」
「そうだね。うんじゃあ、よくやったフィニア。誉めてつかわす」
「それはそれで少しイラッと来ますね……」
俺がフィニアに膝枕されていたのは、倉庫の一角に布を敷いただけの休憩場所だ。
隣にはまだ目を覚まさないマークの姿も見られた。
世話をしていたトニーとジョンも、俺が目覚めたことに気付き、感謝の言葉を述べてくる。
「ニコル、目を覚ましたのか。いや、助かったよ。最初は足手まといなんて言って悪かったな」
「ああ、マークを助けてくれて感謝してる」
仲間を助けられたとあって、さすがに最初の頃の刺々しさは消え去っていた。
彼らもパーティを組んでいるだけあって、仲は悪くない。仲間の死は避けたいところのはず。
その危機を救われたとあって、彼等の視線には感謝の念が浮かんでいた。
「うん。マークの具合は?」
「ああ、身体を支えてもらった時に手首に擦り傷ができている。後は着地の姿勢が悪かったのか、頭にコブができているな」
「まあ、この程度で済んで幸運だったよ」
「そっか。フィニア、治癒魔法は……?」
「私は地水火風の属性に関しては相性がいいのですが、治癒魔法となると光の精霊か水の精霊、あとは神聖系魔法もしくは干渉系魔法の相性が必要になりますので」
「水じゃできない?」
「そちらの魔法は回復効果のある水を作り出す魔法ですので、飲ませる必要があるんですよ」
「そっか、気を失っていると飲ませることはできないんだね。万能じゃなくてよかった」
「……え?」
いや、怪我したマークには悪いと思うが、最近フィニアの魔法の上達がめざましく、俺の立場が揺らいでいたのだ。
フィニアの魔法は俺よりもレベルが低いが、汎用性が高く、使う場面も多い。
干渉系一本の俺と比べると、やはり活躍する場面も多かった。
しかしここでは俺が主役! 見事マークを癒して、癒しの天使と化して見せようとも。
「しかたないにゃあ。治すよ」
「ニコル様、顔が緩んでますよ?」
「ちょっと情緒不安定なんだよ、きっと」
小さく咳払いして、俺はマークのそばに寄った。
見たところ額に小さなコブができているので、顔面から着地してしまったのだろう。
しかし頭の傷はこういうコブができて腫れた方がむしろ安全という噂もある。出血が内部にたまった場合、専門の治癒魔法が必要になるからだ。
もちろんマリアには使用できるが、俺には無理だ。そんな状況になったら、マークの死を座して眺めるしかない。
「うん、呼吸も安定してるし、腫れているのはむしろいい兆候かも?」
「そうなのか? でも意識が……」
「フィニア、わたしが意識を失っていたのはどれくらい?」
「十分と少しでしょうか。まだそれほど時間は経ってませんよ」
俺たちが落下し、フィニアとトニーたちが下に降りてくる。
そして安否を確認し、休憩場所に移動させて横になるまで十分程度かかるか?
だとすれば、ここへ移動させられてほとんどすぐに、俺は目を覚ましたことになる。
「なら、目を覚ましていないのも当然かもね。一応
横たわったマークに手をかざし、精一杯厳かな口調で詠唱を開始する。
「朱の一、群青の一、山吹の一、彼の者に癒しの光を――
詠唱において、重要なのは魔法陣の形状と注ぎ込む魔力、そしてそれらを誘導する詠唱。
特に最初の魔力配分は必須事項だ。続く一文は戦闘時などでは省略されることも多い。
これはイメージ補助の役割が大きい箇所だからだ。明確に術式の効果をイメージできているのなら、そこは省略できる。
今回はイメージ作りということで、正式な詠唱を唱えてみた。
フワリとマークの身体が輝き、俺の姿が下から照らされる。
頭のコブもみるみる小さくなり、手首の擦り傷も消えていった。この程度の傷ならば、俺の初期の治癒魔法でも効果があったようだ。
ちなみに干渉系魔法の治癒魔法は、次の段階が中々に遠い。
「ふぅ……完了っと。でも、そう考えると治癒魔法は少し物足りないかなぁ」
「おつかれさまです」
俺の治癒を受けてマークの身体は完治した。彼が目を覚ましたのは、それから数分後だった。
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