第333話 計画通り、とはいかない出来事
結局、今回の旅行の参加者は、俺とコルティナとフィニアの三人に、ライエルとマリアとフィーナ、それにカッちゃんを加えた六人プラス一で向かうことになった。
マリアもかなり完調に近付いているとは言え、こちらの方が気になって仕方ない。
ここらで湯治と洒落込んでも、罰は当たらないだろう。
それに、今回フィーナもめでたく温泉デビューである。
姉として、その姿は心の美術館に絶対に収めねばなるまい。絶対にだ。
そういうわけで、マクスウェルから転写機を借りてきていた。これで魔力の続く限りに撮影しまくってやろうと、俺は息巻いていた。
「そう思っていた時期が、わたしにもありました」
「お客様、その、大浴場への転写機の持ち込みはご遠慮していただいてますので」
「……ですよねぇ」
考えてみれば、女性が無防備に肌を晒す場所に、転写機など持ち込めようはずもなかった。
係の人に丁重に、しかし断固として持ち込みを拒否され、俺は泣く泣く転写機を貴重品として預けておく。
今回はマリアも一緒に来ているので、俺は一般人向けの大浴場に向かっていた。
獣人向けの浴場は、コルティナの目的が目的なので、客が少ないのをいいことにほとんど貸し切り状態で入浴することになっていた。
と言っても、ノミを浮かべるのはさすがに宿の人がいい顔をしなかったので、貸し切りになったのはサウナのみである。
ミストサウナのこの温泉ならば、充分にノミを蒸し焼きにすることができるだろう。
「ほら、あんたも来なさい。私ひとりじゃ寂しいでしょ」
「キュッ!?」
「一緒に暮らしてるんだから、あんたにもノミが移ってるかもしれないでしょ」
「キュ、ウキュゥ……」
そう言われて、カッちゃんも断り切れなかったのか、大人しくコルティナに捕縛された。
体毛の多さではコルティナに匹敵するほどフサフサなので、その危険性は充分にある。
コルティナのノミを落としても、カッちゃんにノミが残っていては元の木阿弥だ。
ここはコルティナにしっかり洗浄してもらうことにしよう。
「マリアはフィーナとフィニアが一緒に入ることだし、ニコルはパパと一緒に入ろうか」
「やだ」
「なぜだ、パパ一人じゃ寂しいじゃないか!」
「クラウドでも連れてくればよかったのに」
「彼はなぜか股間を火傷したとか言って、今回は見送っていたんだ」
「それはタイヘン」
心なし目を逸らしながら、俺は答えた。そう、誰しも加減を間違えることはある。
慌てて介抱しようとした俺を、クラウドは強固に反対してヘコヘコしながら立ち去っていった。
それを恐ろしいモノでも見るかのように、取り巻きの冒険者たちは眺めていた。
一部羨ましそうにしていた連中がいたのは、見なかったことにした。
「でもほら、フィーナの入浴に人手がいるし、わたしも手伝わないと」
「うう、ニコルはいい子だなぁ」
懐かしのベアハッグもどきの抱擁を受け、俺は無言でライエルの脇腹にレバーブローを叩き込む。
しかし頑強極まりない奴の身体に、俺のパンチは一切ダメージを与えることができなかった。
ぎゅうぎゅうと抱きすくめられると、潰れる程度には胸に肉がついている。そろそろこいつも子離れしてもらわないと、体裁が悪い。
窒息しそうな暑苦しさを我慢しながらドスドスとボディを連打していたら、さすがにマリアが助け船を出してくれた。
「あなた、そろそろ行かないと食事の用意が先にできてしまいますよ?」
「ああ、そうだった。部屋に運んでもらうように頼んでいたんだったな」
マリアに指摘されてパッと手を放すライエル。しかしそのそばでコルティナが手を広げてワキワキしていた。
俺に抱き着きたくても抱き着けない。そんな様子だ。
これはもちろん、自身の身体に巣食ったノミを警戒してのことだ。俺もコルティナに負けず劣らず、髪の量は多い。頭部限定だが。首から下はまだ――いや、なんでもない。
「くっ、今は抱き着けないから、フィニアちゃんが代わりにモフっていいわよ?」
「では遠慮なく」
「ふわぉ!?」
背後から唐突に抱きすくめられ、俺は奇妙な悲鳴を上げた。
そもそもコルティナ、モフるとはなんだ。俺はそこまで毛深くないぞ。髪は長いが。
「んー、最近肉付きが良くなってきたので、抱き心地がいいですね」
「お風呂から上がったら次は私の番だからね!」
「はい、存分にどうぞ」
「わたしの承認は?」
「え、必要?」
コルティナの言葉を、俺は死んだ魚のような目で聞き流した。
身長の伸びは鈍化しつつあるが、プニプニ感は増加傾向にあるので、しょっちゅうこういう扱いを受けている。
とはいえ胸元を
「ほら、二人とも、早く行くわよ? ママも待ちきれないんだから」
珍しく浮き浮きした口調を隠そうともせず、フィーナを抱いたまま脱衣所に向かうマリア。
家族で旅行というのが楽しくて仕方ないのだろう。
「じゃあ、また後でね。わたしは少し長引くと思うから」
「はぁ、パパも一人で寂しく浸かってくるよ」
とぼとぼと男湯に向かうライエルを見て、さすがに可哀想になってきた。
その背に哀愁を感じ、俺は思わずライエルに声を掛けた。
「そ、そこまでいうなら――」
「本当か!?」
「いけません、ニコル様。お優しいのは結構ですが、もう男湯には入れるような年齢じゃないですよ」
「うっ、それはたしかに」
「ぐぬぬ……フィニアは少ししっかりしすぎてしまったな。もう少し無防備な方が男にモテるぞ?」
「結構です」
素気無くライエルをあしらうフィニアだが、確かに今の身体で男湯に入るとなると、視線が厳しくなりそうだ。まだ幼さが残っているとは言え、今の俺は充分に女性を感じさせる体型をしている。
それに男湯に行ったら、フィーナの初温泉が見学できないではないか。
転写機がない以上、生で記憶に焼き付けねばならないのだ。
「そういうわけならしかたない。パパ、またね」
「うう、ニコル、見捨てないで」
「だらしないこと言わない」
「とほほ、これが男親の哀愁か……」
がっくりと肩を落としたライエルを置いて、俺も女湯へ向かうことにした。
すねた父親を構い続けていると、際限がない。冷たいと思われるかもしれないが、ここは無視した方が話が早い。
考えてみれば、女湯に入るのも慣れたものである。男に戻った時に間違えて入ってしまったら犯罪者扱いだ。
今後もうっかり間違えてしまわないように、気をつけねばなるまい。
フィニアも俺と一緒に脱衣所にやってきた。
フィニアたちは俺が触り心地が良いと言っているが、抱き着かれる俺としても、最近の彼女の抱かれ心地が良い。
エルフである彼女は、いまだに少しずつ成長しているようだった。
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