第465話 依頼の道中

 ガドルスから受けた火燐石採取の依頼のため、翌日には仲間たちを引き連れ、馬車でタルカシール伯爵領へと出発した。

 例によって、クラウドのみは単騎で、俺たちは馬車の行程となる。

 フィニアとミシェルちゃんは馬車の扱いができるが、俺はできないので一人御者台の横で花となっていた。


「タルカシール伯爵領って、ドノバン先輩のお知り合いだっけ?」


 無邪気な声でミシェルちゃんは答えにくい質問をしてきた。

 確かに前タルカシール伯爵は前サルワ辺境伯と知己ではあったが、今のドノバンとは関係がない。

 だが交流があっただけに顔くらいは合わせたこともあるだろう。問題はそれが、国家反逆罪に問われた男という点である。

 それだけでドノバンの外聞は激しく悪くなる。そのため、ストラ領ではタルカシール伯爵の話題はタブーとされていた。


「まあ、顔くらいは知ってるんじゃないかな?」

「そうなんだ、さすがお貴族様だから顔が広いんだね」

「そうだね。物理的にもね」


 ドノバンの顔のでかさ皮肉り、話題を逸らす。

 そして本格的に逸らすため、仕事の話題へと持って行った。


「それより火燐石の扱いに関しては、きちんと勉強してきた? クラウドも」

「もっちろん。揺らしちゃダメ、水に浸けちゃダメ」

「お、おう。まかせろ。たぶん大丈夫だ」


 ミシェルちゃんは大雑把だが、まあ及第点。クラウドは明らかに勉強不足をごまかすセリフ。落第だ、バカ野郎。


「クラウド、運ぶ物によっては命に関わるんだから、甘く見るのはだめだよ?」

「すまん……」


 俺は人差し指を立てて、クラウドに説教兼解説を開始した。

 クラウドも自分のミスは把握していたので、いつものように反論してくる様子もない。

 その隣でミシェルちゃんは鼻歌を歌いながら手綱を取り、後ろの荷台ではそんな様子を見てフィニアが笑いを堪えている。

 事情を知っている彼女からすれば、俺が新人の指導をしている様子は、何ともいえない面白さを感じるのだろう。

 これが世話好きなライエルやガドルスならば、別段おかしなところはないのだろうが、六英雄の中でも俺は一番弟子という存在から縁遠い。


「む、そこで笑っているフィニアは魔力ポーションとか魔晶石は用意してきたの?」

「もちろんです。今回の命綱ですから」


 フィニアの消火の魔法が切れた瞬間、俺たちは爆発の危険に巻き込まれる。

 彼女の魔力を切らさないことが、今回の最優先事項だ。


「気を落とさないでね、クラウドくん。ニコル様は女の子の日ですのでイラついているんですよ」

「関係ないし! それにバラすな!?」

「ちなみにこの情報を欲しがっている人は、ギルドに一定以上存在します」

「よし、そいつらの名前を教えろ。ブチ殺す」

「ご安心を。私がすでに折檻しております。ご褒美と開き直る方はどうしようもないですけど」

「じゃあ、そっちはわたしに任せて」

「ミシェルちゃんは手加減しませんからダメです」


 やんわりと微笑むフィニアだが、語っている内容はいささか黒い。

 この辺はマリアに似てきたのかもしれなかった。いや、コルティナに似たのか?


 ともあれ、タルカシール伯爵領はそれなりに冒険者も多く周辺も整備されている。

 そしてそれは、ストラール周辺も同じだ。

 隣接するこのエリアはモンスターも丁寧に掃討されており、交易も盛ん。つまり往来する旅人にとって、かなり安全な旅路となる。

 俺たちもその恩恵を受け、ほとんど戦闘も起こらず、国境付近までやってきた。


 この頃になると俺の体調もかなり回復していて、比例して機嫌も良くなっていた。

 手綱を握るミシェルちゃんを並んで、鼻歌の競演を披露したりしていた。

 ちなみにフィニアは復路が本番なので、往路はできる限り休むように伝えていた。


 そして目前には大きな川が流れ、その川の上には巨大な橋が掛けられていた。

 その中ほどで木でできた柵が張り巡らされ、タルカシール伯爵領への関所が設けられている。

 それだけではなく、巨大な橋の前後に小さな建物が並んでいた。

 この関所では、出入りに一日かかることも不思議ではなく、そのため橋の上に宿場町のような木賃宿まで存在していたのだった。


 川を自力で渡ってしまえば、関所で通行料を支払う必要はないのだが、水の中にもモンスターは存在する。

 そして水の中というのは、冒険者にとっては苦手分野だ。

 水の中では魔法の詠唱もままならず、弓矢も効果を発揮しづらい。水の流れに体勢も崩され、戦闘は難しかった。

 なので川の中だけは、冒険者による治安維持も及ばない。

 そんな危険を冒すくらいなら、小銭を支払った方が安全と周知されていたので、誰もが関所を使用していた。


「もちろん、わたしたちも使用するわけだけど……」

「すっごい行列ー」

「これは長引きそうですね」


 北部三か国連合とラウムの境界。ここを通るのはラウムに越してきた八年前の一度きりだ。

 その時も混んでいた記憶があるが、今日の有様はその時以上だった。

 いや、ガドルスもいっていた。関所の通行税が安くなっていると。

 その影響で往来が活発になり、人が増えたのかもしれない。


「なんかこう、ニコルの権力で一気に近道とかできないのかな?」

「うわー、クラウドくん、さいってー」

「さすがに特別扱いを要求するのは、ニコル様の立場でも如何なものかと」

「クラウド、減点一」


 横着なことを抜かしたクラウドに、女性陣(俺を含む)から集中砲火を浴びるバカが一人。

 目の前の行列を見ると、そういうズルをしたくなる気持ちもわからないでもないが、それはいささか格好が悪い。


「減点ってなんだよ、減ったら何かあるのか!?」

「漏れなく焼かれます」

「焼くな! っていうか漏らせよ!」

「女の子に漏らせとか……」

「クラウドくん、へんたーい」


 わめくクラウドと、容赦のない大声で会話する俺たち。

 もちろんその会話は、周囲の列待ちの人たちにも聞かれることになる。

 クラウドはしばらく、周囲から冷たい視線にさらされることになってしまうのだが、これは自業自得といえよう。

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