第464話 新しい依頼
ストラールに戻って、さらに一週間が過ぎた。
その間は休暇としておいたので、長期遠征の疲労は完全に抜けた頃合いだった。
一人、俺を除いて。
その日の俺は体調が優れず、食堂のテーブルに突っ伏すようにして力尽きていた。
ミシェルちゃんとフィニア、クラウドの三人は、馬の世話のために街の外へと遠乗りに出ていた。
いつまでも馬房に閉じ込められたままでは、ストレスが溜まってしまうし、筋力も落ちてしまう。
そういう事情もあって、馬たちは頻繁に遠乗りに出してやる必要があった。
フィニアは俺の世話をしたがっていたようだが、三頭の馬を走らせるには三人の騎手が必要になる。
俺たちは四人しかいないため、ここはフィニアには涙を飲んでもらうことになった。
「なんじゃ、生理か」
「うっせぇ!」
突っ伏す俺に水を運びながら、ガドルス明け透けに真実を口にした。
その言葉に一斉に反応する食堂内の男性客たち。正直ドン引きだからやめてくれ。
「こんな体調じゃ、遠乗りには参加できないから」
「まあ、馬も嫌だろうな。自分の背で呻かれては」
「その辺を考えて、あの三人に任せたんだよ」
「しかしその調子では、新しい仕事は無理そうだ」
「仕事、探してくれたのか」
この一週間は休暇にしていたが、そろそろ冒険に戻りたい頃でもある。
俺も体調不良がなければ、そういう欲求は感じていた。
金云々ではなく、仲間四人で何かを成すということが、楽しくて仕方ないのだ。
「ちなみにどんな仕事?」
「火燐石の採取。採取自体は初心者向けなんだがな」
「ああ、あれか」
火燐石。赤い砂粒が固まったような石なのだが、その見た目通りかなり脆い。
そしてちょっとした加熱で引火する性質を持っていた。
つまり、衝撃を受けると石が砕け、砕けた石が擦れ合って摩擦熱を起こし、その熱で引火してしまう。
湿らせておけばいいかと思われるかもしれないが、この石、水に触れると凄まじい勢いで溶け、水の性質まで変化させてしまう。
大量の水ならば問題ないのだが、水樽一つくらいならば、拳一つくらいのサイズで燃やせる水へと変化させてしまうのだから、性質が悪い。
この火燐石は魔法の触媒として使え、需要はそれなりにある。採取の難易度自体は高くないのだが、運搬の難易度がべらぼうに高い。
心得が浅い初心者などにこれを依頼すると、ほぼ確実に引火させ、爆発で命を落としてしまう。
「フィニアに消火の魔法をかけてもらえば、なんとかなるかな?」
「水に溶けても引火する性質は残るんだから、厄介な代物だよ。お前たちなら大丈夫だろう?」
「まあ俺たちにはフィニアがいるし、馬車もあるからな」
消火の魔法は水属性の魔法かと思われがちだが、実は火属性の魔法だ。フィニアよりもレティーナの方が相性はいいのだが、一応フィニアでも使える。
その分、彼女の負担が気になるところではある。
「失敗した時のリスクは大きいけど……」
「お前がそんなミスすると思えんけどな」
「一応俺もベテランだからな」
「では受けてくれるか?」
「ずいぶん推してくるな。急ぎなのか?」
「というか、断れない筋というところかの。依頼料も弾んでもらっているし、信頼できる者に任せたい」
この仕事、難易度自体は問題はない。運搬が困難という難点があるが、これも注意しておけば問題はない。
今後こういう依頼を受ける機会もあるかもしれないし、ミシェルちゃんやクラウドに経験させておくのも悪くないか。
「いいだろう。フィニアたちが帰ってきたら準備させる。で、採取地は近いのか?」
「そうだな、ここから馬で三日というところか。少し国境を越えてしまうが、北部のタルカシール伯爵領に火山があってな」
「タルカシール……また懐かしい名前だ」
三か国連合王国の王、エリオットの暗殺を企んだ伯爵。
当時の本人はすでに捕らえられ処刑されている。一族も処断され、表舞台にはもはや存在していない。
今あの領地は別の貴族が入ってきて、そこで運営されているはずだ。
「お前としても因縁の名前ではあるが、今は無関係な貴族が領主だ。あまり暴れてくれるなよ?」
「後任の評判はどうなんだ?」
「よくもなく、悪くもなく、だな。むしろ前任者がアレ過ぎたおかげで評判自体はいい方だ。関税も下がったらしいぞ」
「そりゃいい。通行税も下がったのか?」
「下がったな、三割ほど。それだけ前の領主が搾取してたってことだ」
一応各領内に入るには関所という物が設けられている。
そこを通過するには通行税を支払う必要があった。特に交易の盛んな街ではこれが主の収入源となるため、高くなる傾向がある。
タルカシール伯爵領も、ラウムとの交易があるため、やや高めの設定だった記憶があった。
それが安くなるのなら、俺たち根無し草の冒険者にはありがたい話である。
「一応受けるということだから、先にこれを渡しておく。公式の通行証だ。これがあれば通行税は免除されることになっている」
「準備がいいな」
「他に受けてくれそうな冒険者がいなくての」
俺たちは第四階位に到達しており、一流といっていい力量になっている。
このストラールでも、トップを争う冒険者であり、馬車を持っている数少ない冒険者だ。
こういう大量の荷物を輸送する仕事を受けれる者は、確かに数が少ないだろう。信頼できるメンツとなれば、なおさらだ。
「ま、いいさ。往路は馬車に乗って寝ていられるんだから、ちょうどいい」
俺はいまだ体調がよろしくない。
俺が斥候につかないため、安全に不安はできるが、その分ミシェルちゃんやクラウドの成長も著しい。
彼女たちが馬車を護ってくれるなら、よっぽどのことがない限りは俺の出番などないはず。
ならば、ゆっくり物見遊山気分で往路を楽しんでも悪くないだろう。
「たっだいまー! ねぇねぇ、聞いて。クラウドくんってばね――」
ガドルスの話をまとめたところで、ミシェルちゃんたちが騒々しく騒ぎながら帰ってきた。
どうやら遠乗りで奴がまた何かやらかしたらしい。
出発前に、またクラウドにオシオキしておかねばならないのかもしれなかった。
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