第466話 意外な再会

 行列に並んだが、その日のうちに三か国連合領に入ることはできず、その日は整理番号を書いた受付票だけを受け取って一夜を過ごすことになった。

 木賃宿の周辺には、宿に泊まる金を節約するために、冒険者たちが野宿をしている。

 その余裕のある商人や、俺たちのような高位の冒険者は一室を借りて、宿泊する。

 そのため部屋の数はぎりぎりだったが、何とか滑り込むことができた。


「とはいえ借りられたのは一部屋だけだから、四人で雑魚寝なんだけどね」

「クラウドくんは変なことをしないよーに」

「しねーよ!?」

「おお、ミシェルちゃんが男を警戒する発言をするなんて……成長したんだね!」

「ニコルちゃんの持ち物が欲しいって人は結構いて、わたしに聞いてくる人多いんだもん。そりゃ警戒するよ?」

「そいつらの名前を教えろ。今すぐ暗殺してくる」

「ちなみにリストはこちらです」


 ミシェルちゃんの爆弾発言から、フィニアの流れるようなサポート。

 差し出されたメモを見ると、見慣れた名前がいくつかあった。


「あ、マークの名前。それにトニーも」

「常連ですからね。ニコル様もあまり無防備に近づかないようにしてください」

「お、おう……ン、ライエル?」

「最近その手のネットワークの存在を知ったようでして、入手したら優先的に知らせるようにと」


 おそらく娘を守るために、潜入捜査的に登録したに違いない。そうに違いない、きっと。

 さもなくば、マリアの折檻魔法が炸裂するはずだ。もっともあの腹黒聖女は抜けてるところも多いので、うっかり見落としてしまっている可能性も否定できないが……そもそもライエルを暗殺するとか、俺だって難しい。奴の体力は本当に厄介なのだ。

 そこへ俺たちの歓談に割り込むように、ノックの音が響いた。

 勢いのない、やや控えめな音が何やら不穏な雰囲気を醸し出す。


「あの、お客さん……宿の者ですが……」


 俺はちらりと仲間に視線を飛ばし、扉に近寄った。

 こういう場合、宿の者を騙った強盗なんて話もよく聞く。すでに時間は遅く夕食時であり、部屋を出て食堂に向かっている者も多い。

 つまり、宿泊部屋の集まったこの宿は、一時的に人が減っている状態でもあった。

 俺の警戒を受け、クラウドが盾を持って俺のそばに寄ってくる。これは襲撃に備えてのものだ。ミシェルちゃんやフィニアも、得物を手に警戒を強めていた。

 女性が多い俺たちは、それだけ狙われやすいという自覚を持っている。

 わずかに扉を開け、隙間から顔を出して外を覗く。万が一強盗だった場合、俺が扉ごと跳ね飛ばされてもクラウドがフォローしてくれる。そして一瞬でも足止めすれば、ミシェルちゃんとフィニアの容赦ない攻撃が飛んだことだろう。

 しかし扉の外には、年配の女性が一人とエルフの男女。宿の女将と見知った顔の冒険者がそこにいた。


「申し訳ありませんが、相部屋をお願いできませんか? こちらの方、見ての通りエルフということですので、その縁というか……」

「…………ええ、別にいいですよ」

「あ、えーと、前に会ったエルフの人だ!」


 ミシェルちゃんが歓声を上げた通り、宿の人が連れてきた二人組は、確かに見覚えがある。というか、俺にとって、非常に世話になった人ともいえた。

 ハウメアとコール。その二人が目の前に立っていた。


「お久しぶりですね、ハウメアさん」

「あら、ニコルちゃんにミシェルちゃん。覚えていてくれたのね! でも名前は覚えてないのね……」

「えへへ、ごめんなさい」


 チロッと舌を出して頭を掻くミシェルちゃん。確かに関係はあまりない二人だが、彼女の名前には非常に世話になっている。

 しかも北部三か国連合のエリオット王の一件でも、迷惑をかけていた。変装した俺と間違われていた、あの時の疑惑が晴れていればいいのだが。


「ギルドの訓練場以来になるかしら」

「あれまあ、お客さんたちお知合いかい?」

「ああ、以前少し」

「コールってば、それじゃ言葉が足りないわよ。ラウムの冒険者ギルドで何度か顔を合わせたことがあるのよ」

「じゃあ、相部屋の方は……」

「いいですよ。彼女たちなら、信頼できますし」


 実際彼女と会ったのは二度に過ぎない。しかし通りすがりの子供を助けるために、わざわざ馬車を停めたくらいお人好しなのだから、疑うのもおかしく思える。

 それにここで彼女と会えたのは、ある意味では天祐かもしれなかった。


「どうぞ。さすがに六人だと、少し狭いかもしれませんけど」

「全然問題ないわ。野宿に比べたら、ずっと楽だもの」

「感謝する」


 招き入れた俺たちに、頭を下げて礼を言う二人。部屋の広さなら六人でも問題はない。あとは寝台の数だな。


「じゃ、クラウドは床で」

「なんでだ!?」

「そんな、悪いわよ。わたしたちの方が後から来たのに」

「でもクラウド。女性を床で寝かせる気なの?」

「うっ、それは……」

「ニコルちゃん、本当に、本当に私は床でいいから――」


 とまあ、ひとしきりクラウドをからかったところで、肩を竦めて冗談を表明した。

 この室内という状況ならば、寝台の有無は関係ない。ロープや毛布を使ってハンモックでも作ればいいだけである。


「なんてね。簡易寝台作るから、みんなも手伝って」

「簡易寝台?」

「そ。壁のそこからそこにロープをかけて、何かの棒で間を広げて、その間に寝袋でも乗せれば出来上がり」


 部屋の四方にはランプを吊るすための金具が設置されている。さすがにそのまま寝床にしたら金具が壊れるか傷んでしまうので、これは干渉系魔法の頑強タフネスの魔法で強化しておく。

 魔力を多量に流し込んで、効果時間を延ばせば、朝まで何とか持つだろう。


「もちろん、寝るのは体重の軽い……あれ、わたし?」


 六人の中で一番軽そうなのは、どう見ても俺だ。次点でフィニアか。

 ミシェルちゃんはどう考えても胸部がネックである。

 自分で提案して自分が寝床を追い出されるとは、思いもよらなかった。


「ま、いっか。わたしとフィニアが軽そうだから、ハンモックはわたしたちね」

「はい」

「それより、ちょっとお話があるんだけど……」


 ここで彼女たちと出会えた好機を無駄にするわけにはいかない。

 以前より俺には考えていたことがあった。それを実行に移すとしよう。

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