第467話 新たな技術

 当面の寝床を整えた後、俺はハウメアに提案をした。

 相部屋を受け入れた手前、断り辛い立場を利用したようで心苦しくはあるが、このチャンスは逃したくない。


「そうだ、ハウメアさん。この前のことだけど」

「あ、模擬戦の話? 再戦してくれるのかしら?」

「いや、そうではなく。エルフには独特な弓術があるという話を聞きまして、ミシェルちゃんにそれを指南してもらえたらなと」

「彼女に? 噂の通りの腕前なら、私より腕が立つと思うのだけど?」

「ミシェルちゃんは弓の腕は凄いんだけど、接近戦がからっきしなんです。弓を使った近接戦闘術がエルフにはあるって聞いたんですけど……」

「へぇ……それ、結構マイナーな情報だと思ってたんだけど、どこで聞きつけたの?」

「いや、いろいろと……」


 その辺の知識は前世で得たものだ。あまり追及されるとボロが出てしまう。

 俺はやや視線を泳がせながら、話題を逸らしにかかる。


「それと、クラウドに魔法を教えてくれませんか? わたしは干渉系魔法しかつかえないから、魔法を教えるのは不向きなんです」

「うーん、確かに半魔人は魔法の適性を持つ者が多いと聞くけど、無い人は徹底的に無いから」

「その場合は諦めますんで」


 前世の俺がそうだったように、半魔人というのは魔法的にも身体的にも非常に極端な能力を持つものが多い。

 前世の俺は魔法の能力まで敏捷性に注ぎ込んだような、極端な肉体派だった。

 そのわりに、耐久力が低いのだから、仲間たちも俺の評価に苦しんだことだろう。

 今では過去を美化しまくって、とんでもない評価になっている気もするけど。


「もちろん、時間的なものもありますし、できる範囲で構いません。お礼もします」

「そうね、私たちも三か国連合に向かう途中だし」

「わたしたちも、タルカシール伯爵領に向かう途中なんですよ。だからその間だけでも!」


 目的地までゆっくり進めばおよそ二日。その間だけでも基礎的なものを学べば、戦闘での動きは段違いに良くなる。

 それに指導を補助するような指摘くらいなら、俺でもなんとかなるだろう。

 弓術は専門外だが、近接戦の立ち回りはプロフェッショナルだ。ミシェルちゃんが弓を持った近接戦の基礎さえ学べれば、後は俺がその動きを補正してあげられる。


「ああ、俺は魔法はいいよ」

「なんで?」


 そこへクラウドが突然辞退を申し出てきた。

 こいつは意外と、向上心が高いため、今までいろんなことに挑戦してきている。

 それなのに魔法に関しては辞退するというのは、俺としても少し意外だった。


「だって俺、剣と盾持つだろ? 両手が塞がってたら、魔法は使えない。魔法陣なんて描く余裕はないんだから、それよりはミシェルと一緒に変わった戦い方っていうのを学びたい」

「む、それもそうだけどさぁ。覚えておけば便利なこともあるじゃない?」

「それに二日程度じゃ、魔力の感知すらままならないよ。それくらいなら、今覚えられるものを覚えた方がいい」

「うぬぬ……クラウドのくせに生意気な」

「なんでそうなんの?」


 とはいえ、このクラウドの反応は、俺にとっても好印象だ。

 彼は自分の戦闘スタイルを自分で考え、得るべき技術の取捨選択を始めている。

 以前は俺に教えられるままに学んでいた少年だったのに、成長したものだと、内心では感心していた。

 ならば、これを無下にするわけにはいくまい。彼の主張を取り入れつつ、協力するのが師としての役目だろう。


「まあいいや。クラウドがそこまでいうんなら、意見を尊重してあげないこともないし?」

「ニコルちゃん、ツンデレ?」

「どこでその単語覚えてきたのかな、ミシェルちゃん」


 最近、純粋なミシェルちゃんが微妙に汚染されている気がする。汚染源を大至急浄化する必要がある。

 そうなると真っ先にクラウドが対象になる気がしないでもない。


「あの、私たちを放置して話を進めないでくれるかしら?」

「あ、ごめんなさい」

「でも、そうね……タルカシール伯爵領なら、のんびり行ってあと二日くらいかしら。その間同行してもいいのなら、教えてあげるのもやぶさかではないわね。コールも異論ないでしょ?」

「ああ、問題ない」


 コールさんも相変わらず無愛想な口調だが、不快には感じていなさそうで安心した。

 どうやら話がまとまりそうだ、と思ったところで、ハウメアさんが指を立ててウィンクしてきた。


「その代わりといっては何だけど、表の馬車、あなたたちのよね?」

「え、ええ」

「乗せてってくれたら、教えてあげるわ」

「それくらいなら、いくらでも」


 エルフはあまりラウムを出てこない。まったく交流がないわけではないのだが、独自の技術というのはやはり流出してこないものだ。

 だからこそ、これを学べる機会というのは有効に活用したい。

 ミシェルちゃんが近接戦の心得を得ることは、こちらとしても悪い話ではないし、馬車に便乗させるくらいならむしろ安いくらいだ。

 即答で答えた俺の声に、フィニアの言葉が重なってきた。


「あの、私もご指導していただけませんか?」

「あなたも? でも槍装備なのよね?」


 フィニアは来客を警戒した時、短剣を槍へと変化させている。

 その時の槍は今も解除する機会を得られず、そのままになっていた。なので彼女が槍を使うことは一目で理解できる。


「ええ。ですけど魔法と接近戦の組み合わせというのは、興味がありますので」


 確かに魔法も使えるフィニアにしてみれば、魔法や弓を多彩に使いこなすエルフ独特の戦闘術は、興味があるはずだ。

 彼女もエルフなのだが、孤児ゆえにそういう技術を学ぶ機会を持たなかったというのもあるだろう。


「かまわん。この際、一人教えるのも二人教えるのも同じだ」

「ですって。問題ない、ですよ?」


 茶目っ気たっぷりにハウメアさんがそういってくれる。

 こうして短期間ではあるが、弓と魔法を彼女たちから学ぶことになった。

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