第468話 朝の一幕
火燐石の採取できる火山まで、ハウメアたちと同行することになった。
その前にタルカシール領に入るために関所を通る必要がある。
いつもならマリア似の容貌のおかげで、無駄に注目を浴びてしまうのだが、眼帯の魅了封じのおかげか、目立つことなく通過することができた。
「これ、魅了と隠密のギフトを併用したら、どうなるんだろう?」
御者台の助手席でぼそりと漏らす。本来なら危険な行為なのだが、隣にいるのはフィニアなので聞かれても問題はない。
「それは少し興味ありますね。でもお客さんも乗せてるわけですし、もう少し慎重になった方が……」
「うん、まあそれは気を付けてるよ。フィニアは心配症だ」
「レイ――ニコル様はここぞというところで詰めが甘いですから」
フフン、とドヤ顔で語って見せるフィニアは、それはそれで可愛いのだが、内容があんまりである。
まるで俺がドジっ子か何かのようではないか。
「うぬぅ……」
不平不満を表明するかのように、頬を膨らませて腕組みをする。
視線も合わせない俺に、フィニアは慌てたように弁明を始めた。
「あ、別にニコル様がドジとかそういう話じゃないですよ! ここぞというときには頼りになりますし、その……前の人生ではすごくカッコよかったですから」
パタパタと手を振って言い訳するフィニア。もちろん俺が本気で怒っているなんてことはない。
この程度で怒っていたら、コルティナなんて何度俺と絶縁していたかわからない。
今のような仲になる前の彼女の毒舌は、まだまだ鋭かった。
少しの間、フィニアをからかうつもりで不機嫌な振りをしていると、荷台との境の布が開かれ、中からハウメアが顔を出してきた。
「この橋を渡り切ったら朝食にしましょ。それから空いた時間で少しレクチャーしてあげるわ」
「あ、ありがとうございます。でもミシェルちゃんは……?」
「まだ寝てる。こういう時馬車って便利ね。寝てても移動できるんだもの」
「その代わり、誰かが操縦していないといけないんですけどね」
整理券の番号の都合上、俺たちは朝一番に木賃宿を出ていた。
なので朝食も取っていないし、睡眠も不足気味だ。
特に健康優良児で成長著しいミシェルちゃんは、俺よりも長い睡眠を必要としている。いや、子供ならそれくらい普通かもしれない。
いい加減彼女も、子供という年齢でもないのだが……
フィニアがしばらく馬車を操り、橋を渡り終えたところで使えそうな水場を探していた。
水自体は川があるのでどうとでもなるのだが、食事の支度ができそうな場所はやはりごった返している。
しかし戦闘訓練を行うとなれば、近くに人がいない方が望ましい。
内容を人に知られては困るのではなく、武器を振り回す傍に一般人が寄ってきたら危険だからだ。
特に冒険者の訓練ともなれば、好奇心旺盛な子供が寄ってきやすい。
特にこの二十五年は六英雄の話もあって、冒険者というのは羨望の的になりやすかった。
どうにか人目の少ない場所を見つけ、ようやく朝食の準備に取り掛かることになった。
俺たちは馬車を利用しているので、食料自体は結構多く運べる。
それは豊富な食材を利用できることでもあり、他の冒険者よりも遥かに充実したメニューを用意できることでもあった。
「パンにチーズはもちろん、野菜まで? あ、こっちはお肉じゃない」
「フィニアが
「一流の弓師に英雄の教えを受けた前衛と、英才教育を受けた英雄の娘、それに複数の属性を使用できる魔術師。羨ましいほど
「それをいうならハウメアさんだって。弓、かなりの腕でしょ?」
「あら、わかる?」
「もちろん」
彼女の右手は、矢を番える時に擦れる場所にタコができている。それに
コールさんも同じように剣ダコをこさえており、短杖を装備していた。
この二人はそれぞれ魔法が使え、そして剣と弓を使いこなせるということである。しかも二人旅で安全を確保できるのだから、相応に腕も立つはず。
「といっても、旅先の限られた時間では、大したものは作れませんけどね」
「それでも充分よ。いつもはパンとチーズとドライフルーツだもの」
鍋に水を流し込み、
沸騰してきたところに野菜を流し込み、調味料で味を調えた後、最後に魚を取り出したところで何かに気付いたように顔を上げる。
その様子を興味深そうに見ていたハウメアに、フィニアは慌てたように尋ね返した。
「あ、なんとなくいつもの手順で作ってましたけど、食べられないものとかあります?」
「ええ、大丈夫よ。私もコールも、好き嫌いはないわ」
「よかった。お魚は好き嫌いがありますから」
それを聞いて安心したように再び手元に視線を落とし、
大抵は合わせて習得する魔法だ。
フィニアが即席の魚介スープを作っている間に、俺はミシェルちゃんを起こしに向かった。
クラウドに任せる手もあるが、奴のことだ。起こすついでに微妙な箇所に触れたりしそうで任せられない。
コールさんは訓練のための準備か、武器の点検に忙しそうだ。
そんなわけで馬車に乗り込み、毛布をかぶって芋虫と化しているミシェルちゃんの肩付近を掴んで揺する。
「むむ」
しかし返ってきた手触りは、明らかに肩ではない。これは乳だ。
どうやらまた大きくなっていやがるようだ。
「ほら、ミシェルちゃん起きてー」
「んー、やだぁ」
「あと何分とかじゃなく明確な拒否と来たか。ほら、ご飯だよ」
「取っといてぇ」
「却下です」
「じゃー、ニコルちゃんも寝よー」
「いや」
長年の付き合いなので、彼女を起こすのもお手の物……とはいかないが、まあトラブルなく叩き起こすことができた。
そのまま食事を済ませ、ここで初めてのミシェルちゃんの接近戦訓練となったのである。
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