第469話 近接弓闘術
フィニアの簡単なわりに美味な朝食を食べ終わり、ハウメアによる弓の近接戦闘術の講義を受けることになった。
受講者はミシェルちゃんとクラウド。
フィニアは後片付けを終えた後、コールから魔法と接近戦の併用に関して講義を受けることになっている。
「といっても、弓師は結局弓が本職だから、接近されただけで負けも同然なのよね。この戦闘術は、その最悪の状態から生き延びるためのものと思ってちょうだい」
「はぁい!」
「はい」
ハウメアの開幕身も蓋もないぶっちゃけ話に、ミシェルちゃんは大きく手を上げて返事をする。
だが両手を上げて返事をするのはやめて欲しい。初等部の生徒じゃないんだから。
「私たちは盾とか持てないんだから、攻撃は避けるか受けるしかできない。特に受ける際は弓をつかうしかない。これはわかるわね?」
「わかりまぁす!」
「うん……」
だから両手を振り回してアピールするのは……あ、たゆんたゆんしてるから許す。
ただしクラウド、こっそり横目で覗くのはイカンぞ。堂々と見るのも許さんが。
「弓が壊れちゃったら、私たちの存在意義も消えちゃうから、壊さないように受ける必要がある。そのためには持ち手に近い硬い部分を利用するしかない。逆にいえば、他の部分をどう利用するかによって、敵の不意を突けるかどうか変わってくるわけ」
「ふむ?」
「他の部分……しなるところを? あ、鞭みたいに使うとか?」
「クラウド君は察しがいいわね」
ハウメアさんは弓をぶんぶんと振り回す。その都度先端部がしなる様子を見せるので、確かに鞭のように使うこともできるだろう。
しかしそんなことをすれば、弓の調子が狂ってしまうのではなかろうか?
俺の疑問はスペシャリストのミシェルちゃんも当然感じていたようで、同じような答えを彼女に返していた。
「でも、そんなことしたら、狙いが甘くなっちゃうよ?」
「そうね、だから反撃も最後の手段になっちゃう。結局、私たち弓師は接近されちゃダメなのよ。でも常に距離を取れるとは限らない。そういうときのための体捌きを教えるのが、今回の目的」
「なるほどぉ」
「俺はそれを前もって知っておき、不意を突かれないようにするのが目的ってわけだな」
「そうそう。知っていれば、対処のしようはあるからね」
そういうとハウメアさんはクラウドを攻撃役に任命する。まずは軽く流すだけなので直接あたる心配はない。そこでコールさんの用意した模擬剣ではなく、実剣を使ってみることになった。
万が一怪我をしても、ハウメアさんもフィニアも俺も、基礎的な回復魔法を使えるので、問題はない。
クラウドの斬り込みに対し、ハウメアさんは軸足を起点にクルリと体を回転させる、独特の動きだ。
俺も紙一重で避ける時は似たような動きをするが、常に敵と正対するように動くため、コマのように回るこの動きとは少し違う。
ときおり持った弓と手首を利用してフック代わり使いクラウドの身体に引っ掛け、相手の動きを制限したりしている。
この辺りの動きは老獪さを感じさせる。
「くっ、やりにくい!」
「クラウドくん、がんばれー。あ、お手本だからがんばっちゃダメなのか。負けちゃえー」
「それはそれで心が折れそう!」
ミシェルちゃんの容赦のない声援(?)を受けつつも、クラウドは基礎的な攻撃を仕掛ける。
振り下ろしや横薙ぎ、切り上げなどの攻撃をハウメアさんは華麗な動きで避け、受け止め、出足を封じる。
その動きは俺ともラウムの冒険者とも違うため、クラウドは非常にやりにくそうにしていた。
「でぇい!」
「うん、こう来た時は、こうやって……」
「うわ――っと、まだまだ!」
「で、こうして」
「あぃったぁ!?」
突きを放ったクラウドの攻撃を、右足だけ後ろに下げて、身体を四分の一だけ回転させて躱す。
そのまますれ違いになるクラウドの目元に、弓の先端を鞭のように打ち込み、動きを封じていた。
「こんな感じかな? それじゃミシェルちゃんもやって見ましょ。まずは基本の動きからね」
「はいっ!」
元気のいい返事をしたミシェルちゃんは、いつもの狩猟弓ではなく、
それを見て慌てたのはクラウドだ。
「待て待て待て! それはズルい。その弓、普通に剣をへし折れるくらい頑丈じゃん!」
「ズルくないよ、弓だもん」
「俺の剣の方が折れちまうよ!」
確かにクラウドの装備は、盾に偏重している。
彼の盾はハスタール神の技術も入っていることも有り、かなり高価な代物だ。だが代わりに剣は普通の店売り品で、取り立てて良い品ではない。
いや、ガドルスの見立てで頑丈な品ではあるのだが、それも一般的な範疇に納まる程度だ。
「いいからかかってきなよ? 返り討ちにしちゃうから」
「剣が折れるのは大問題!」
接近戦になるといつもクラウド有利になるため、珍しく有利に立てたミシェルちゃんはかなりいい気になっている。
いつになくドヤ顔で弓を構える彼女に、クラウドの方が尻込みしていた。
このままでは訓練にならないので、俺が代わりに斬りかかることにする。
ミシェルちゃんはハウメアさんの真似をして避けようとするが、やはり付け焼刃ではうまく行かない。
慌てて弓で受け止める羽目になっていた。
「あぅ、はわわわ――」
「ほら、そこは受け流さないと」
「そんな急にいわれてもぉ……きゃっ!?」
受け止めた弓を鍔を使って跳ね上げ、がら空きになった横腹に模擬剣を打ち込み、寸前で止める。
「やっぱり付け焼刃じゃ、まだまだだよね」
「そりゃそうよ。すぐに会得されたら、私の立場がなくなっちゃう」
ハウメアさんが肩を竦め、それからしばらくは身体を動かす基礎を教え込まれていた。
それからしばらくして旅を再開し、再び馬車での行軍となった。
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