第103話 洗いっこ

 更衣室で服を脱ぎ、篭に突っ込んでからロッカーの中に仕舞い込む。

 一応貴重品もあるので、鍵はしっかり掛けておいた。

 ミシェルちゃんだけは裸の上に、肩から大弓用のケースをぶら下げていた。あの中身だけは、ロッカーの鍵程度では安心できないからだ。

 なにせ中に入っているのは、神話級の武器。ちょっと殴っただけで外れる鍵では、安心して寛ぐ事はできない。


 浴場との境の木戸を引き開け、中に入る。

 そこには岩を組み合わせて作った室内浴場と、その奥に続く露天風呂の扉があった。

 湯気の中に、かすかに硫黄染みた匂いが鼻をつく。やや白濁したお湯の中に成分が溶け込んでいるのだろうか?

 洗い場の隅には、カーテンで区切られたマッサージ台三つ、並んでいた。

 左端の一つは既に埋まっている。おそらく宿の人に言えば按摩マッサージ師を呼んでもらえるのだろう。


「おー、ひっろーい!」

「わたしの屋敷のお風呂より広いですわ」

「でもプールよりは狭いね」

「当たり前でしょ!」


 両手を上げて驚愕を現すミシェルちゃんに、桶に自分用の洗髪剤シャンプーを入れて抱えるレティーナ。

 二人共揃って全裸なので、色々とまる見えである。全然うれしくないが。


「うん、見事な断崖絶壁」

「え、崖なんてあるっけ?」

「あの岩、さすがにそんな大きさは無いと思いますわよ」

「気にしない、気のせいだから」


 まぁ、人の事は言えた物じゃない。俺も見下ろせば、つま先まで遮るものの無い直滑降なのだ。むしろポッコリしたイカ腹体型でお腹が邪魔になるくらいである。

 コルティナも浴場の職員にマッサージ師を要求していた。

 しかし俺たちは今日は『する側』である。


「それじゃ、さっそくはじめようかな。フィニア、こっち座って」

「え、座るんですか?」

「うん。まずは身体洗わないとね」


 そう言いながら指をワキワキと動かして、迫る。

 その仕草をする俺を見て、フィニアは一歩後退った。


「ニコル様……な、なんだか指の動きがイヤらしいんですけど?」

「くっくっく。今日はいい声で鳴かせてやるぜー」

「何の話ですか!」


 悪ノリする俺から逃げようとするフィニアの腰に抱き着き、洗い場の椅子に座らせる。

 木製の椅子は湯気で温められ、冷たくはなかったし、綺麗に磨き上げられているため、不潔感もない。

 こういう場所まできっちり行き届いて清掃しているところを見ると、この宿は『当たり』である。

 ミシェルちゃんとレティーナが寄って集ってフィニアの身体を洗い始める。


「ちょ、ちょっと、みなさん!?」

「いーから、いーから」

「あはは、フィニアお姉ちゃん、覚悟ー!」

「わたくしも洗う側に回るのは初めての経験ですわね。覚悟なさいまし♪」


 二人がフィニアの両手を引っ張り、ガシガシと洗い始める。と言うか、レティーナ。お前はいつもは洗われる側なのか? いや、いつもフィニアに楽し気に洗われている俺が言う事じゃないが。

 俺は背中に回って彼女の髪を纏め上げ、その細い背を擦り始めた。

 髪を纏めるのもフィニアよりは上手くできないが、慣れてきている。学院に行けば自分で纏める必要性も出てくるので、最近学び始めていたから、必然的に覚えていた。

 指先を跳ね返してくる若々しい肌の感触に、少しばかりドキッとする。


「どう? きもちいい?」

「あはは、くすぐったい。ミシェルちゃんそこはダメ――」

「え、こっち?」

「そこは胸です!」


 なんとも羨ましい洗い方をしているのが、ミシェルちゃんだ。

 腕を根元から洗おうとして胸まで手を伸ばしている。

 対してレティーナは指先から丁寧に洗い始めていた。大雑把なミシェルちゃんと、細かいレティーナの性格がよく出ている。


「むぅ……」


 背後から唸るような声が聞こえてきたと思ったら、コルティナが恨めしそうにこちらを見ていた。

 そう言えば彼女は半ば放置されている。疎外感を感じていてもおかしくなかった。

 さすがに家主に対して放置は不味いか。というか、ちょっとばかり下心を解放しても問題ないよな?


「あ、じゃあわたしはコルティナを洗ってあげる。フィニアはお願いね?」

「まっかせてー」

「ずるい! わたしがコルティナ様を――」

「レティーナだけには絶対やらせん」


 六英雄オタクのレティーナにコルティナを洗わせたら、なにが起きるかわかった物ではない。

 俺はコルティナの方に向かい、その背を洗い始めた。


「うう、幼女まみれのお風呂とか、なんて天国」

「コルティナ、それはさすがにキモい」

「ちょっと本音をダダ漏らしただけよ」

「うわ、今後の付き合いを考えさせていただきます」

「冗談だってば!」


 性質の悪い冗談を飛ばすコルティナの頭にお湯をぶっかけて反撃する。

 宣言なしの攻撃に、コルティナは小さく悲鳴を上げた。


「うきゃっ」

「天罰」

「優しさが欲しいわ」

「わたしは優しいよ?」

「それは認識の違いねぇ」


 二人してクスクス笑いながら、洗いっこを始める。

 コルティナとは、自宅でも何度も一緒に風呂に入っているので、今更恥ずかしさはない。

 だがやはり直接肌を触れ合うというのは、独特の興奮を誘発する。

 なんというか、いつもより接触願望が増すというか、プライベートスペースが減少するというか、そんな感じだ。

 現にフィニアは、ミシェルちゃんに正面から抱き着かれて、身体全体で洗われていた。二人とも泡まみれで、際どいところが見えなかったのが救いかもしれない。見えていたら俺もちょっと興奮していた所だろう。

 いつもならば有り得ない光景。みんなも無駄にテンションが上がっていたのかもしれない。




 一通り洗った後、フィニアをマッサージ台の方に誘導する。

 真ん中の台に寝そべる様に指示しておき、コルティナは右端に向かう。


 コルティナは宿のプロに頼んでいるので、俺はフィニアの方に合流した。

 マッサージというのは実は危険な側面もあり、腱や筋肉を痛める可能性も高い。なのでこればっかりは俺が付きっきりで指導する必要がある。

 子供の力とは言え、ミシェルちゃんは結構な力持ちだ。身体を痛める可能性は充分にある。


「じゃあ、わたしが指示するから、その通りにやってね」

「はぁい!」

「わかりましたわ」


 隣ではコルティナが寝そべって、プロのマッサージ師に身体を預けている。

 一応監視の目的もあるので、境のカーテンは開けたままだ。

 隣のプロも、心配そうにこちらを眺めているが、俺だって前世では身体のケアは欠かさなかった。

 というか、人一倍筋力に恵まれなかった俺は、そういう方面では実に細心の注意を払っていた。

 最小限の力で最大限の効果を発揮するために、思考通りに、瞬時に動く肉体は必要不可欠だった。そのためには、日頃の身体の手入れも重要になってくる。

 だから、マッサージに関しても、相応に知識はある。


「こう、筋肉の筋に沿って揉みほぐすようにね。最初はゆっくりと……ミシェルちゃんそこじゃなくてもうちょい右」

「こ、こう?」


 初めてのマッサージにおっかなびっくりフィニアの背に触れるミシェルちゃん。

 隣のプロも、俺の指示に感心したような視線を向けている。

 そんな俺たちの背後で、素っ頓狂な声が響いたのは、その時だった。

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