第575話 ラウムの陰謀
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ラウム森王国。その王宮内で二人の男女が密会していた。
とはいえ、何か艶事などがあるわけでもない。人目を忍ぶのは確かにそうではあるが、そこに色っぽい雰囲気などは、微塵も存在しなかった。
「それで、マクスウェル伯父様。厄介ごとは解決したのですか?」
「もちろんじゃ。思った以上に滞りなくのぅ。やはりレイドは使える男じゃて。今は女じゃが」
「生まれ変わった英雄殿ですか。一度お会いしたいものです」
「目の前に生きた英雄がいるんじゃが……いや、べつにええんじゃよ?」
王宮内にしては『比較的』狭い室内。せいぜいがコルティナの家程度の広さだろう。
その中央にテーブルセットを置き、優雅に茶を口元に運ぶ少女。
室内には他に人の姿はない。もちろん、使用人を呼ぶためのハンドベルは用意してあるが。
「それにしても、よりによって……というところですね。まさかフィーナさんを狙うとは」
「アシェラ教皇の尽力によって、半魔人差別が比較的穏やかになってきた矢先の出来事じゃからな。正直肝が冷えたわぃ」
「ライエル様とマリア様のお子さんに手を出せば、下手をすれば世界すべてが一気に反半魔人に傾倒しまう所でした。よくやってくれました」
「ありがたきお言葉です。エリゴール様」
少女に対し、わざとらしく臣下の礼を取って見せるマクスウェル。その目には悪戯っぽい光が浮かんでいた。
それに対し、エリゴールと呼ばれた少女も、不快気に鼻を鳴らす。
淑女としては、いささかはしたない態度である。
「きちんとエリゴール三世と呼んでいただけませんか? 初代様ほどの偉業はまだ成していませんので」
「かつて回復魔法の発展に寄与した『超越者』殿のパトロンでしたな。いや失敬」
「親しみを込めてエリゴール・ザ・サード。もしくはエリ
「長いので遠慮しますじゃ」
かつてこの国に存在した女王の名。その後継者として三世と名を得た少女だったが、いかんせんどこかしら迂闊な少女だった。
しかもその少女が、この国の第一王位継承者である。臣下の心労たるや、如何ほどのことか。
そんなエリゴールに、親し気に話しかけるマクスウェル。血縁的には伯父と姪だが、すでに王家から臣籍に下った後は、こうしてこっそりと会う程度に控えていた。
現在の国王は彼の弟だが、その国王は彼が王家と接触することを、あまり快くは思っていなかったからだ。
だとしても、マクスウェルが有能な家臣であることは間違いないため、事が起きては彼を呼びつけることも多い。
そのためマクスウェルは、臣下でありながら王族の重要人物であるエリゴールと、こうしてフリーパスで会うことができていた。
「事を隠し通すことは可能ですか?」
「すでに
「噂になるのは避けられない、ということですか」
「さいわい、事が起きたのが他国の、しかも辺境での出来事じゃ。こちらまで届くのはしばらくかかるじゃろう」
もし今回の一件が広まれば、再び半魔人は差別の対象にされてしまう。それを恐れての質問だった。
国王はその問題に興味は薄かったが、六英雄に憧れを持つ彼女としては、あまり広まって欲しくない噂である。
「北部では問題になりますか?」
「エリオット王自らがレイドに助けられた事件があったからの。あちらは辺境でもなければ、それほど問題にはなるまい。むしろ――」
「ラウムの方が大きく響きそうですね」
「陛下がもう少し寛大な方であれば……いや、失言じゃったな」
「不敬罪になりますよ。人前では注意してください、伯父様」
「お主の前では、どうしても気が緩んでしまうんじゃよ。親しみやすくてよいことじゃ」
「威厳が足りないと、素直に仰ってくださいまし。それよりこの問題、何か手を打っておいた方がよろしいでしょうか?」
エリゴールに聞かれ、マクスウェルは髭に手をやった。彼が考え事をする時の癖である。
しばし黙考した後、重々しく口を開く。
「正直、ここでまた差別の激しかった過去に戻ってしまうのはよくないのぅ。手は打っておいた方が良いのは確かじゃ」
「では、どのように?」
「そうじゃな。噂がこちらに届くより先に、民に親しみを感じておいてもらうくらいしかできんじゃろう」
「半魔人に親しみを、ねぇ?」
「例えば人気のある王族の友に半魔人がおる、とかな?」
「私に? あいにくと知人にはおりませんが……もしや、レイド様を紹介していただけるので!?」
「そんな真似をしたらワシがコルティナに殺されるわぃ! それにあやつは今女じゃ」
「私は別にそれでも。それはそれで楽しみようが……」
「正気に戻れ、我が姪よ」
斜め上に暴走しかけた姪を
しかしこれはこれで、いい機会なのではなかろうかとも考えていた。
「ライエルの弟子に、将来有望な半魔人の少年がいてのぅ」
「ライエル様の……ということは、ニコル様の仲間ですの?」
「うむ。現在はストラールの街で冒険者をやっておる。もう一人の仲間が少々厄介な能力を持っておってな」
「例のゴブリン騒動で殲滅してのけた『弓聖』ですわね?」
「まぁ、そうじゃ。大仰な二つ名が付いたものじゃ」
ゴブリンの侵略騒動で、その大半を蹂躙してのけたミシェルは、今やラウムでは弓聖とまで呼ばれ恐れられている。
同時にそれほどの戦闘力を取り込もうとする貴族も、後を絶ってはいない。
「幸いなことにワシの許嫁殿の元仲間じゃ。彼女が正式に公爵位を継げば、その庇護を受けてラウム呼び戻すことも可能じゃろうな」
「そんな方が……そういえば私、ストラールへ出向く用がありましたわね」
「それは都合が良い」
「あそこも代替わりで、少しゴタゴタしましたので。王家の者を出向かせ、もてなさせることで信頼を喧伝しようという腹ですわ」
「陛下の考えか。まあ、それも悪くなかろうな」
「そういうわけで、その冒険者たちに連絡を取ってくださいません? ニコルさんと会えるのも、楽しみですわ!」
「それはそれで、あやつの心労の種になりそうじゃな。じゃがそれが良い!」
悪戯っぽい顔で親指を立てあう二人。この伯父と姪は、どう見ても似た者同士だったのだった。
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