第406話 悪ノリの後始末
死屍累々と横たわる
その死骸を放置したまま、俺はさらに森の中を調べていく。
このニードルビートルは召喚によってのみ存在する一種の魔神。迷宮内にいる個体も、世界樹によって召喚された存在だ。ならば今回の群れも、召喚の魔法陣か使役者がそばにいる可能性が高い。
それから二時間ほど周辺を調べてみたが、召喚の痕跡も不審者の影も見当たらなかった。
「この場には来ていなかったのか? 魔神の運用に関しては、俺もよくわからんからな……」
とりあえず元の場所に戻ってきたが、これ以上の探索は意味がない可能性が高い。それより死骸をどうするか考えておかねばならない。
ニードルビートルの死骸は甲殻と角が装備の素材として活用できる。硬い殻は鎧として、鋭い角は武器として利用できるらしい。
これだけの数を倒しておいて、その素材を放置して帰ったとなれば、それはそれで何か不審に思われるかもしれない。
この群れの存在は、ライエルが帰ってきて初めて知られた情報だ。
知っているのは、その場にいたライエルと狩りに行った数人。そして屋敷にいた俺たちくらいである。
しかし素材となる部位が剥ぎ取られてたとなれば、通りすがりの冒険者と戦闘になったという建前も構築できるはず。
俺はそう考えると、さっそく頭部から証拠品として角を頂いていった。
本当は甲殻も素材として売り物になるのだが、さすがにそっちを回収すると時間がかかりすぎる。
小一時間かけて角を剥ぎ取り終えた頃には、俺の服は返り血でドロドロになり果てていた。
これはもう一度風呂に入る必要性があるだろう。
「戻ったらまた入浴か。面倒な……」
ガドルスの宿は浴場もついているが、夜間は清掃のために湯を抜かれている。
だが俺が言えば用意してくれるはずだ。特に俺の事情を知り、協力してくれているガドルスなら、断るとは思えない。
彼の人の良さに付け入るようで気が引けるが、さすがにこの状況で身体を拭くだけというのは、少し気持ち悪い。
冒険者御用達の小さく折りたためる布袋を広げ、そこに角を詰め込みながら、俺は溜息を吐いていたのだった。
「というわけで、ドロドロになった。風呂用意してくれ」
血まみれの状態でガドルスの宿に戻り、俺は開口一番そう要求した。
ガドルスは俺の姿を見るなり渋い顔をして、先に事情を話せと要求してきた。
「湯が溜まるまではしばらくかかる。それまでに事情くらい話さんか、バカモン」
「お、おう」
とりあえず、ライエルの屋敷であったことを、かいつまんで報告しておく。
どのみち召喚が関わっている以上、クファルが絡んでいる可能性を捨てきれない。その情報はマクスウェルにも伝えておかねばならないだろう。
「ふむ、確かにワシらでは持て余す情報じゃな。できるならコルティナに知らせておきたいものだが……」
「さすがにそっちはライエルが知らせるだろ? だが俺たちなら持て余すってなんだよ。まるで俺がバカみたいじゃないか」
「否定はできんじゃろう?」
「なんでだよ」
「考えてもみろ。森の中にはお主独特の糸を使った痕跡が残されておるのに素材が云々考慮する方がおかしい」
「……あ」
考えてみれば、森の中で罠を張り、糸を使って敵を両断しまくっている。
その負担は罠の起点として使用した森の木々にも伝わっており、糸の痕跡は大量に残っているはずだった。
冒険者を偽装して角を回収したところで、俺の仕業というのはすぐに察しがつくはず。
「どどどどどうしよう!?」
「その外見でおたおたするな。そんな愛嬌を振りまくから、ひっきりなしに男が寄ってくるんじゃ」
「なんで知ってるんだよ!」
「ここで何人の男がヤケ酒を呑んだと思っとる?」
「筒抜けかよ、こんチクショウ!」
確かに俺たちに告白してくる人間は、ここの客が圧倒的に多い。
それも街の住人だけでなく、行きずりの旅行者ですら声をかけてくる始末だ。
街中で最も安全と名高いこの宿で飲んだくれない方がおかしい。
「とにかく、あの生真面目なライエルのことだ。どうせすぐにマクスウェルに連絡を入れているはずじゃ。こちらもマクスウェルに事情を通しておけば、口裏を合わせてくれるはず」
言われて気付く。確かにライエルは明日の朝に調査に出向くと言っていたが、報告なら夜中でも可能。
冒険者ギルドの連絡網を使って、今夜中にマクスウェルと連絡を取っている可能性が高い。
「なるほど! そうと決まれば、早速ギルドに――」
「せっかく風呂を沸かしたんじゃから、先に入っておけ。報告はワシが行ってやる」
「そ、そうか。じゃあ頼む」
確かに深夜にドロドロの状態でギルドに押しかけたら、それだけで噂になってしまう。
ここはガドルスの行為に甘えさせてもらうとしよう。
俺はほっと胸をなでおろすと、さっそく浴場へ足を向けたのだった。
大浴場というにはやや手狭で、しかし一人で入るには大き過ぎるほどに贅沢な湯船。
街に流れ込んでいる川から直接水を汲み上げ、加熱する魔道具で沸かされた湯は、天然温泉とはいかないが、染み入るように身体の疲れを解してくれる。
汚れを落とし、湯船に飛び込んでふわりと浮かんでいると、昼間に受けたコルティナの忠告も脳裏に浮かんできた。
明日からは言い寄る男たちを冷たくあしらう作業が待っている。
「ああ、めんどくせぇ……」
もういっそ、誰も知らない秘境にでも隠遁したくなってくる。少しハスタール神の気持ちがわかった気がした。
いや、アレの場合、神様がホイホイ現界するなといいたい気もしないでもないが。
手足を伸ばしたまま浮かんでいると、もう考えることすら億劫になってくる。
どうせガドルスが戻ってくれば、俺の様子を覗きに来てくれるだろう。
そう考えて、俺は目を閉じたのだった。
◇◆◇◆◇
ギルドでマクスウェルと連絡を取ったガドルスが戻ってきたとき、ニコルはまだ風呂から出てきていなかった。
不審に思った彼が浴場を覗くと、湯あたりしたニコルがクラゲのように漂っていたというのは、また別の話である。
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