第407話 暗躍者たち

  ◇◆◇◆◇



 いつもの酒場、いつものテーブル、いつもの四人。しかし漂う空気だけは、いつもと違っていた。

 その理由は一つしかない。彼らの主導的立場にあるクファルが不機嫌そうにテーブルを指で叩いていたからだ。

 トン、トン、と一定のリズムでテーブルを叩く。だが口はなかなか開かない。

 その外見はいつもとまったく変わらないように見えるだけに、より不機嫌さが際立って見えた。

 実際は不機嫌だったわけではないのだが、同席している他のメンバーには、それがわかろうはずもない。


「……かんばしくないね」

「……………………」

「……うむ」

「……そうだな」


 ぼそりと、独り言のように漏れた言葉に、それぞれが重い答えを返す。


「最近の召喚の成功率、六割を切っている」

「ああ。だが質を落としたつもりはないんだ」

「数もそれほど減っていない。エリオット王の取り締まりの強化を考えると、むしろ良くやっていると見ていい」

「以前は八割ほどあったが、そっちの方が異常だったという可能性はないか?」


 クファルの言葉に、堰を切ったかのように弁明の言葉を並べ立てる他の三人。

 ここ最近、召喚の成功率が激減してることへの反論だった。


 無論、彼らの手落ちというわけではない。減った分はクファルが秘密裏に捕食しているせいだ。

 だがクファルとしてはそれでも足りない。もっと、もっと力ある存在を食らい、自らの力に取り込みたいと思っている。

 しかしこれ以上の活動は、さすがに目立ってしまう。

 生贄として使う奴隷は、エリオット王の施策によって、その獲得が大幅に減少している。

 それでも通りすがりの冒険者とか、旅の行商人などを捕獲して補填している。


「……足りないのかもしれないな」

「数か? それは前と変わっていないはずなんだが」


 一応他の客もいる手前、露骨な単語の使用は控えている。クファルの言葉を、生贄の数が足りないのではないかと解釈し、それに異論を唱えて見せた。

 不機嫌そうな相手に反論するなど、肝の冷える行為ではあるが、これ以上の活動の激化は、組織の存続にかかわりかねない。


「いや、違う。足りないのは質の方さ」

「質と言ってもな。これも以前とはあまり変わっていなはずなんだが」

「物質的なモノじゃないさ。精神的なモノだ」


 古来より、生贄として子供や処女が貴ばれていた。それは今でも変わらない。

 すべての生贄をそれらで賄うのは不可能に近いが、その比率は以前と変わっていないはずだ。

 だがクファルは、それが違うという。


「邪竜の危機が去り、二十年以上が過ぎた」

「ああ、二十五年くらいか?」

「そうだ。その当時は人々も絶望していた。そしてそれは倒された後も、この北部では続いていた」

「それは治安の回復がこの北部では特に遅れていたからだな」


 エリオット王がこの北部に三か国連合を建国するまで、無政府状態が続いていた。

 そして建国した直後も、その治安は行き渡ってはいなかった。

 それを批判することは、あまりにも酷というものだろう。彼は当時、まだ五つになったばかりの子供だったのだから。

 それも成長するに従い統治能力を発揮し始め、各地の治安も落ち着き始めた。

 ようやく人々は安寧な暮らしを手に入れたと言える。


「安寧な暮らし、それは言うなれば未来への希望だ。今、民衆は復興の希望で湧いている。絶望が足りない」

「だが、生贄は捕らえられた段階で絶望してはいないか?」

「そう。だけどまだ助けが来るのではという希望も抱いている。そしてそれはぎりぎりまで変わらない。もっと深い絶望が必要じゃないか?」

「深い、と言われてもな?」

「助けなど来ない。万が一助かったとしても、将来の希望などない。そんな深い絶望を持った生贄を用意したい」


 クファルの提案に、他の三人は顎に手を当てて思案する。

 今の状況では、攫ってきてそのまま生贄に使うという流れになっている。その結果に不満を抱いているのなら、どこかで改善する必要がある。

 しかし彼らには、どうすればより深い絶望を与えられるのか、心当たりはなかった。


「質と言われても、結局すぐには改善できない。ならば数で補うしかないのではないか?」

「回転を速めるということか? だが仲間にできそうなやつを取り込むのには時間がかかるぞ。召喚士や貴重な能力を持つ連中は、できるなら手駒として取り込みたい。我々はやはり数に劣る」

「それにすぐに利用しては、足が付きやすくなってしまうかもしれない」


 口々に反論を述べられては、クファルもこれ以上は主張できなかった。

 彼一人では生贄を用意する効率は落ちる。やはり組織という力はまだ必要だった。


「ふむ、なるほどね。では即席で村を一つ落とすのはどうだろう?」

「どうやって? 最近は締め付けが激しいから、それすら心許無いのだが」

「それはこの近辺の治安が整ったから、管理できるという面もある。ならそれを乱してしまえばいい」

「乱すとは?」

「そうだな――まずは六英雄の足を止めないといけないな」


 北部の治安の一角を担う六英雄の一人、ライエル。その戦力を封じることは難しいが、他所に移動するのを制限するのは不可能ではない。


「まず、ライエルの村のそばに雑魚を一匹配置しよう。いや、できれば数が多い方がいいんだけど」

「ならば針甲虫ニードルビートルを配置しよう。あれなら群れで行動する」

「よし、ではその方針で。ライエルがこれを討伐し、その原因を調査するのに数日はかかるだろう。その間に別の村を狙う」

「ふむ……だがそれだけ目立つ行動は危険ではないか?」

「もちろん何度も通用する手じゃない。だから一度だけだね。それに、北部だけで動くわけじゃないし」

「というと?」

「そうだね。この件が終わったら、フォルネウス聖樹国に遠征するのはどうだろう?」

「世界樹教の総本山か……」


 世界樹教は彼ら半魔人族を差別的に扱う総本山でもある。

 そこに遠征するというのは、彼らの本懐とも言えた。そこで暴れまわる自分たちを想像し、一瞬恍惚とした表情を浮かべてしまう。


「悪く、ないな」

「ああ、連中に一泡吹かせられるのは、悪くない」

「どうやら決定のようだね。では本命の選定に入ろうか」


 ライエルのいる村の近くにニードルビートルを配置するのは決定事項。では本命に狙う村をどこにすべきか。

 そこで使い捨てたニードルビートル以上の魔神を召喚できるだけの生贄を確保できないと、赤字になる。

 そのためには子供や女が多く活気がある村の方が望ましい。


 彼らは先ほどまでの重い空気とはまったく違う明るい表情で、邪悪な計画を練り始めていたのだった。



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