第408話 旧友の来訪

 その日、ライエル邸に早朝から客人が訪れた。

 白髪美髯の長身の老人。つまりマクスウェルである。

 マリアは旧友の来訪を心から歓迎し、リビングにマクスウェルを通して、茶を振舞った。

 フィーナがまだ寝ているため、同席はせずそのまま席を外す。


「ライエル、朝早くからスマンな」

「いや。だけど珍しいな。こんな朝早くから」

「ワシとて早起きくらいはするぞ?」

「それくらいは知ってるさ。それで、何の用だ? 今日は北の森に調査に赴こうと思っているんだが……」


 前日、針甲虫ニードルビートルの襲撃を受けた森。群れる習性を持つモンスターだけに、他にも森に侵入している可能性がある。

 それを調査するため、村の若い冒険者たちを集め、調査に出向く予定だった。

 マクスウェルはそんなライエルの言葉を聞き、我が意を得たりと言わんばかりに膝を叩く。


「それじゃ。昨夜ギルドの連絡員から、その連絡を受けてな」

「ああ、ギルドに頼んでおいた伝言がもう届いていたのか」

「うむ。それで昨夜のうちにワシの手の者を調査に向かわせておる」

「手の者……あ、まさか、ハウメアとかいう女か?」

「うむ。まあ、それも仮の名なんじゃがな」


 ライエルにはレイドがニコルに生まれ変わったことは伝えていない。代わりにハウメアという架空の女性の存在を知らせてある。

 いつまでも騙し通せるとはマクスウェルも考えていないが、その人物を追っている間はニコルに注意が向くことは無いはずだった。


「隠密や戦闘能力はダントツじゃからな。ひとまずそちらは任せておけばよい」

「そうか、中身はレイドだからな。ニードルビートル程度じゃ相手にならんだろう」

「そ、そうかの?」


 過去の美化というべきか。ライエルたち他の仲間の間でレイドの株が上がり続けていることに、マクスウェルは思わず言葉を無くす。

 だが今はそれが問題ではない。事実、すでに森の中にいるニードルビートルはレイドが討伐している。

 調査も済ませているため、ライエルが向かっても無駄足になる可能性が高い。

 そしてなにより、魔神の一種がこの村のそばに迫っていることに、マクスウェルは危機感を覚えていた。


「と、ともかく、そちらはすでに報告を受けておっての。森にニードルビートルの群れを発見し、それは討伐し終わったらしい。じゃがおかしなものは見当たらなかったそうじゃ」

「なにもない? それは逆におかしくないか?」

「うむ、おかしい。じゃから朝一番に跳んできたんじゃよ」


 転移魔法を使えるマクスウェルは、文字通り『跳んで』くることができる。

 しかもニコルよりもはるかに魔力量も解放力も多いため、こことラウムを往復してもさほど負担にならない。


「魔神であるのなら、召喚陣か召喚者がいてしかるべき。なのにそれがいない」

「そう。つまり、召喚した何者かはここから離れた場所で魔神に森、もしくはその先のこの村に向かうように命じた可能性が高い」

「なぜそんな真似をするのか、が問題だな」

「うむ。ニードルビートルは群れる魔神じゃ。じゃが、お主なら敵ではあるまい。それを知って差し向けたとなると……」


 レイド……いや、ニコルの状態ですら傷一つ追わずに撃退できる相手だ。全盛期の力を取り戻したライエルならば、まさに一蹴できるだろう。

 そしてそれは六英雄を神格化している他の人間ならば、より理解できるはずだった。


「ニードルビートルの討伐に俺を動かし、その隙に何かを?」

「起こす可能性がある、ということじゃ。あくまで可能性じゃがな」

「そうなるとヘタに動けなくなったな」


 すでに調査隊は編成している。後はライエルの号令一つで森へ出発という段取りだった。

 しかしマクスウェルの予想を聞かされた以上、安易に村を空けるわけにはいかなくなってしまう。

 マリアに留守を頼むと言う手もあるが、防御と支援一辺倒の彼女では手が回らない可能性があった。


「ワシがここに来た以上、村に戻るのは一瞬で済む。じゃが村を離れると、やはり連絡の齟齬がな」

「ああ。何か起きた際に、すぐ対処できないのはまずい。出発は一時中止して、しばらく待機ということにしよう」


 マクスウェルの忠告を聞き入れ、ライエルはそう決断した。迎えに来た使いの者に指示を出し、遠征の中止を通達しておく。

 これで遠征隊は待機状態を保つはずだった。

 それからしばらく、互いの近況などを話し合いながら、時間を潰していく。起き出してきたフィーナを見て、マクスウェルは相好を崩して抱き上げる。

 その姿はまるで、ひ孫をかわいがる老人にしか見えない。


「ワシにも孫がおれば、これくらいかの」

「それ以前に娘すらおらんだろ、お前は」

「あら、マクスウェルもまだまだ現役かしら?」

「うむ、そうじゃ。フィーナを養女にくれんか? 何ならニコルでも良いぞ」

「お断りだ。ニコルもフィーナも、俺に勝てる男じゃないと渡す気にならん」

「それはそれで、ヒドイ嫌がらせじゃな。一生独り身になるではないか」


 ライエルに勝てる男など、この世界でも数人しかいまい。彼女たちは一生独身を宣告されたようなものだ。

 呆れた声を上げたマクスウェルのボヤキは、だが突然飛び込んできた伝令によって中断された。


「た、大変です!」

「どうした、なにがあった?」

「西のタウの村が……モンスターの襲撃を受けているそうです!」

「なに!?」


 ライエルとしては襲撃されるとすれば、この村だと考えていた。だからこそ、別の村が襲われたと聞き、驚愕の声を上げていた。

 だがマクスウェルは何か考えるような仕草でヒゲをしごいていた。


「ふむ……ライエルを村から引き離し、それと同時に別の村を襲う。村から離れたライエルに連絡が行くのは遅れ、救援に向かうのがさらに遅れるという段取りか。徹底しておるというべきか?」

「感心している場合か。すぐに救援に向かうぞ!」

「と言われても、ワシはタウの村を知らんぞ。転移テレポート系の魔法は使えん」

「く、なら馬を飛ばすしかないか……」

「いや、飛ぼう。飛翔フライトで全力飛行すれば、馬より早く着くじゃろう」


 空を飛べば、街道を無視して一直線に進むことができる。しかもこの魔法の移動速度は、馬のそれに匹敵する。

 理論上は馬よりも早く現地に駆け付けることができる。

 しかしそれでも、転移系よりは遅い。その分、助けられなくなる人間は出てしまうだろう。それがライエルの心残りだった。

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