第44話 邪竜討伐

 険しい山脈の中腹に開かれた洞窟。そこに俺達はいた。

 ほとんど一枚岩と言ってもいい峻険しゅんけんな岩壁。そこに大穴をあけて住み着いたのは、邪竜コルキス。

 奴はこの岩壁をその炎の吐息で融かし、洞窟を掘り抜いて巣にしたのだ。


「いい? 手順は覚えてるわよね。特にレイド」

「お、おう」

「今回の戦闘、一人でも欠けたら勝ち目はゼロなんだから……ごめんなさい、もう少しマシな策を出せればよかったのだけれど」

「なに言ってんだ。あの邪竜相手に勝ち目を見出せるだけでもスゲェっての」


 コルティナの自信無さ気な表情を見て、俺は肩を叩く。

 今回の戦闘、俺のやることは非常に多く、煩雑だ。

 そしてそれらの行動がどこか一つでも失敗すれば、全滅すら有り得る。


 だがそれでいい。邪竜を討滅する事こそが、俺達に課せられた使命なのだ。


 ガラス質になるまで焼き溶かされ、固められた岩の陰で、そう決意する。

 ここから先は生存の保証はない。

 それでも倒さねば……数万、いやそれ以上の人間が死んでいくことになる。


「それじゃ……行くわよ」


 コルティナの指示に従い、俺達は洞窟の奥へと足を進めたのだった。





 山の内部に数十メートルという空間を作り出し、その中央で邪竜は眠りについていた。

 奴の眠りは浅い。ここで大きな音を立てれば、即座に俺は餌にされるだろう。

 隠密のギフトで気配を消し、ただ一人先行し、巣を這い回って罠を仕掛ける。それが俺の役目だ。


 そしてその最中に鎧の金属音を鳴り響かせ、ライエル達が踏み込んできた。

 その騒音に即座に目を覚ます邪竜。


 これは俺の安全を考えての事だ。

 いくら隠密のギフトがあるからと言って、いつまでも鋭敏なドラゴンの目と鼻の先で、罠を仕掛け続けられる物ではない。

 ある程度の進捗を見て意図的に踏み込み、邪竜の注意を引くのが目的なのだ。


「グルルルルルルゥアアアアアアァァァァァァ!!」


 眠りを邪魔された邪竜は、煩わしそうに怒りの声を上げ、威嚇を始めた。

 滑りやすい壁の影を這い回っている俺には、気付いた風はない。


「マリア、ガドルス!」


 戦場に響く、コルティナの声。

 同時にガドルスが盾を掲げてライエルをかばい、マリアが魔法の障壁を張る。

 それらの準備が終わった直後に、邪竜は灼熱のブレスを吐き掛けた。


 岩をも溶かすブレスをガドルスの盾とマリアの障壁が防ぐ。

 ガドルスの盾は神話時代の伝説の盾で、魔竜ファーブニルの鱗でできているとも言われる逸品だ。

 しかも恐ろしいほどの密度で魔法が掛けられているため、邪竜のブレスでも、これを突破する事はできない。

 しかし、しょせんは盾である。守れるのは一人に過ぎない。


 マリアの魔法も最上級の防御魔法だ。

 これも邪竜のブレスを防ぐほどの防御力を発揮するが、その代わり内側から外に向けての攻撃もシャットアウトしてしまう難点がある。

 そんな性質があるので、ピンポイントなタイミングで使用せねばならない。

 そのタイミングをつかさどるのが、コルティナだ。


 ブレスの吐き終わりを見極め、ライエルが斬り込んでいく。

 奴の持つ聖剣も魔竜ファーブニルの骨より削り出されたとも伝えられていて、奴の剛腕と合わせれば、邪竜の鱗すら切り裂く事ができる。


 しかし圧倒的に刃渡りが足りていない。

 ライエルの剣では、邪竜の内臓まで刃が通らないのだ。

 それでも邪竜は、自慢の鱗を切り裂かれる不快感は感じているらしい。狙いをライエルに絞り、爪や尻尾を振るって攻撃を仕掛けていく。

 その攻撃も、ガドルスの盾で妨害され、ライエルには届かない。


 戦闘開始から数分。戦いは膠着こうちゃくの様相を見せ始めていた。

 たった数分だが、命懸けの数分でもある。

 特に疲弊しているのが、戦況を一手に支配しているコルティナだ。


「レイド!?」


 切迫した彼女の叫びが、洞窟内に響く。

 俺は糸を彼女の手元まで這わせて、振動させることで俺の声を彼女だけに伝えた。


『まだだ、あと少し』

「もう持たないわよ。どれくらい?」

『ざっと四十秒』

「二十秒で終わらせて!」


 いつもなら『無茶を言うな』と返すところだが、今はその理由も理解できる。

 爪の一撃、牙の一噛み、尻尾の一振り、ブレスの一息。どれを取っても、俺達に掠めるだけで肉片に変える威力がある。

 それをコルティナは完全に見切り、防御と攻撃のタイミングを支配しているのだ。

 精神的負担は、他のメンバーの比ではない。


 だからこそ、俺は作業を急ピッチで進めていく。

 内壁の全てに鋼の糸を絡め、勝利への伏線を組み上げ、コルティナに告げた。


「よし、いけるぞ!」

「待ってた! レイド――やっちゃいなさい!」


 待ちに待ったその一言。

 ガドルスとマリアが守りに入り、邪竜が攻撃の体勢に移った。

 その一瞬の隙を逃さず、俺は天井付近から振り子の要領で飛び掛かっていく。


 その気配を察知し、こちらを振り仰ぐ邪竜。だが落下の勢いを乗せた、俺の攻撃の方が早い。

 両の手指十本の先から伸びたミスリル製の糸それが雪崩のように邪竜の鱗を打ち据えていく。

 しかし落下の勢いを乗せてなお、鱗は俺の攻撃を弾き返していた。俺の腕力やミスリル糸という武器では、鱗を貫く事はできない。


 そのまま邪竜の鼻先を擦り抜け、反対側に着地する俺。

 不意を打った俺に不快感を示し、攻撃を加えるべく巨腕を振り上げる邪竜。


 俺は着地の勢いを殺さぬよう、転がりながら岩陰に潜り込み、身を隠した。

 その岩ごと破壊せんと振り下ろされる爪――しかしその爪は俺に届く事は無かった。


 突如として邪竜の左翼が切り裂かれ、地に落ちる。右側に着地した俺とは反対側に位置する翼だ。


 無論これには理由があった。

 俺の攻撃はあくまでも目くらましにすぎず、真の目的は腕と翼に鋼糸を絡める事にあった。

 こうすれば、右側を攻撃する時、糸が引っ張られ邪竜自身の力で翼が切り落とされるという訳だ。


「ギャアアアルルアァァァァァァ!?」


 驚愕と、かつて受けた事のない激痛に、邪竜が身悶えして絶叫を上げる。

 そしてその罠を仕掛けた俺に、憎悪の視線を向けてきた。


 周囲の地形ごと叩き潰さんと、今度は尻尾を振り上げてくる。

 攻撃を受けた頭部や腕を使用してこない辺り、こいつも頭はいい。

 尻尾は地面スレスレにあったため、俺の攻撃を受けていない。つまり糸を絡められている可能性はない。


 そこで俺は、さらに罠の一つを発動させた。

 用意してあった糸を引っ張り、天井から蜘蛛の糸の如き網を前面に展開させる。

 そしてその一端を近くの岩塊に絡め、固定する。


 お構いなしに振り下ろされる邪竜の尾。その威力は俺どころか岩すらも撃ち砕く威力があっただろう。

 しかしその一撃を、展開した網が受け止める。

 無論、岩に固定された網が岩をも砕く一撃を受け止められるはずもない。

 網を固定された岩は砕かれ、剥ぎ落され……崩落していった。


 この罠もコルティナの指示によるものだ。

 どこに設置するかは俺に任されているが、ここまでは彼女の予測通りに事態は運んでいる。

 進んではいるが……決して安全ではない。

 俺は崩落する岩塊をかろうじて躱し、マリアのそばまで駆け戻ってきた。ここで俺は死ぬ訳にはいかない。俺にはまだ一仕事残っているからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る