第43話 ラウムで初めての……

 結局、俺と少女は靴を取り合った挙句、俺が敗北する事となった。

 少女は靴を持ったまま、母親の元に駆け戻っていったのだ。


「ママ! わたし、このブーツがいい!」

「レティーナ、一人でうろうろしないでって言ったでしょう!」


 母親はなかば金切り声を上げながら少女を咎める。

 それはそうだろう。先日拉致されたばかりなのだ。心配して当然である。


「はぁい。でもいいブーツを見つけたのよ! みて、ここ。コルティナ様と同じネコが入ってるの!」

「それはいいけど、そこの子も付属品なのかしら?」

「そこの子?」


 レティーナと呼ばれた少女が手にした靴に目をやると、そこにはぶら下がる様にしがみついたままの俺の姿があった。

 戦場で武器を手放すと命に関わる。そんな関係から、俺の握力は歳のわりに結構強い。

 そして、それを支える俺の身体は、歳のわりにかなり軽い。

 その結果、俺はレティーナに引き摺られるようにブーツごと拉致されたのである。


「ちょっと、まだつかまってたの!?」

「しんでも、わたさん。お前にだけは」

「お前呼ばわりされる義理はないわよ!」

「あらあら。お友達かしら」

「ママ、違うわよ! こんな変な子とお友達にしないで」


 断固たる決意を込めて、俺を否定するレティーナ。

 さすがに女の子とは言え、ここまではっきり拒絶されると、少しばかり傷付く。

 俺が衝撃の表情を浮かべている所へ、フィニアが追いかけてきた。


「ニコル様、いなくなったと思ったら、こんなところに!」

「『また』って失礼な」

「あら。様付けで呼ばれるって事は、あなたもどこかのお嬢様なのかしら?」

「あなた『も』?」


 少女の母親が、フィニアの呼称を聞いてそう口を挟んできた。

 しかし、という事はレティーナと言う少女も貴族の子女って事になるのか?

 この我が儘さは、確かに納得ができる。


「ええ。私はウィネ領のヨーウィ侯爵の妻で、エリザベート・ウィネ=ヨーウィよ。よろしくね。エリザおばさんって呼んでくれていいわ」


 おっとりとした仕草で微笑む母親。そこには先ほどまでの張りつめていた雰囲気はない。

 余程レティーナを心配しているのだろう。


「そしてわたしは、娘のレティーナ・ウィネ=ヨーウィよ!」


 ババーンと効果音が聞こえてきそうなほど胸を張って、レティーナが名乗った。

 名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だろう。


「わたしはニコル。平民だから姓はない」


 ライエルもマリアも、国を出るまでは高位の立場にいたので姓を持っていた。

 だが邪竜退治に出奔する際、国とのかかわりを避けるために姓を捨てているのだ。

 俺達六人の中で姓を持っているのは、国に戻ったマクスウェルしかいない。


「なんだ、平民かぁ」

「これ、レティ。はしたないですよ」


 そんな事情を知らないレティーナは、俺の名乗りを聞いて少しばかり侮るような顔をした。

 すぐさまそれを嗜めるエリザさん。貴族制は敷かれているが、同じ学院に通う身だ。今後は身分差のない生活になる。

 学院内に通う生徒は、その身分の高低によって差別をしてはならないと言う決まりがある。

 これは古より決められた原則であり、マクスウェルも、これを何よりも重視していた。

 そんな親子のやり取りを無視して、フィニアも礼を返す。


「これはご丁寧に。私はニコル様にお仕えするフィニアと申します」

「まぁ、綺麗なお辞儀ですね。よっぽどよく教育されていると見えますわ」

「恐縮です。主もお喜びになるでしょう」


 エリザさんはそう気にした風ではないが、レティーナの態度にフィニアはカチンと来たようだ。

 ことさら丁寧に一礼する仕草に、少し怖さを感じる。

 そこへさらに混乱を巻き起こす存在が現れた。英雄その人、コルティナである。


「おー、いたいた。ほんとニコルちゃんはお転婆だ。目を離すと本当に消えちゃうんだね」

「こ、コルティナ様!?」


 突如現れた伝説上の生物に、さすがのエリザさんも緊張を隠せないようだ。

 背筋がピンと伸びて、表情がこわばっている。

 おなじく、レティーナも固まっていた。


「あ、あなた……コルティナ様のご親族?」


 かすれた声で、かろうじてそう尋ねてきた。


「ん? 違う。あれは大家さん」

「大家って……コルティナ様の家に住んでるのですか?」


 怪しい敬語交じりの言葉遣いになるレティーナ。余程コルティナの存在がショックだったのだろう。


「うん。親がお友達だからね」

「コルティナ様とご友人って一体――」

「ライエルとマリアだよ。わたしのパパとママ」

「ええっ!?」


 俺の衝撃の告白に、ついにエリザさんが卒倒しそうにぐらつく。

 それをフィニアが、慌てて支える。俺では下敷きになるだけだ。

 そんなこそこそ話をしている俺とレティーナを交互に眺めて、コルティナはぽつりとつぶやいた。


「お友達?」

「違うし」

「そうですわ! さっきお友達になりましたの!」

「へ、ええ!?」


 コルティナの勘違いに、鮮やかなほどに華麗な手の平返しを決めるレティーナ。

 どうやら俺は、ラウムで初めての友達をゲットした……らしい。

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